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都内の秋を散策しました

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 晩秋、都内でもようやく木々の葉も色ずきはじめました。 このところ散歩をして  い ませんでしたが、家にこもりっぱなしでは健康的に良くない。 そこで 11月中旬の雨あがりの日 、目黒の自然事育園を訪れました。     園内には武蔵野の木立の面影が残っており路傍には野草や池や湿地帯に自生する水草が見られます。 ここにもメダカなどの淡水魚やカルガモまどの野鳥の姿も散見されました。  雨上がりの散歩道、落ち葉を踏みながら歩くのは都内の固いコンクリートで舗装された道から開放されて、スニーカーの底にも自然の伊吹きが伝わってくるようで気持ちが良いものです。 まだ園内の紅葉の時期は早すぎるので12月になったらもう一度来てみよう。 そう言う思いで1時間半の散策を終えて、満ち足りた気分で帰途につきました。 コンクリートで舗装された道から開放       雨上がりの散歩道、落ち葉を踏みながら歩くのは都内の硬いコンクリートで舗装された道から開放されて、スニーカーの底にも自然の伊吹きが伝わってくるようで気持ちが良いものです。 まだ紅葉の時期は早すぎるので12月に入ったらもう一度来てみよう、そういう思いで1時間半の散策を終え帰途につきました                雨上がりの散歩道、落ち葉を踏みながら歩くのは都内のコンクリートで舗装された道から開放されて、スニーカーの底にも自然の伊吹きが伝わってくるようで気持ちが良いものです。  1時間半の散策を終えて、満ち足りた気分で帰途につきました。 れて、スニーカーの底にも自然の伊吹きが伝わってくるようで気持ちが良いものです。  1時間半の散策を終えて、満ち足りた気分で帰途につきました。 は今から400年前の豪族の館があったところで江戸時代は大名の下屋敷、時代は白金御用地で、一般には開放されていなかったため豊かな自然が残されていす。昭和24年に天然記念物と史跡として指定れ一般的に公開されるようになりした   雨上がりの  雨上がりの散歩道、落ち葉を踏みながら歩くのは都内のコンクリートで舗装された道から開放されて、スニーカーの底にも自然の伊吹きが伝わってくるようで気持ちが良いものです。  1時間半の散策を終えて、満ち足りた気分で帰途につきました。、落ち葉を踏みながら歩くのは都内のコンクリートで舗装された道から開放されて、スニーカー...

宇宙帰りの朝顔が咲いた

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  宇宙飛行士の山崎直子氏とともに2010年ディスカバリー号で宇宙を駆け巡った朝顔の子孫(12代目)の種子が、めぐり巡って我が家にも届きました。ナオコ朝顔、一体どんな花が咲くのだろう、興味深々で蒔きました。国際宇宙ステーション(International Space Station: 通称 ISS )は、地上約400キロを秒速約7.7kmの速度で地球を約90分で一周します。この朝顔のご先祖様は山崎直子氏とともに238回も地球を回りました。  6月20日になって、三つの花が咲きました。あれっ? 遥かな宇宙に行ったのに咲いた所は地面すれすれです。宇宙飛行種子のご先祖さまに遠慮したのか、自分も次の宇宙旅行を目指して基地に待機しているつもりなのかわかりませんが、その蔓は空をを目指してぐんぐん伸びているので、次は高い所で咲くのを楽しみにしています。  そういえば、2022年2月3日 我が家での西北の夜空に宇宙ステーションが通過するのをみることが出来ました。次の観測の機会を狙ってアサガオたちもレーダーのように花びらを広げているのでしょうか。でも宇宙ステーションは夜にしか見ることができませんからアサガオ君が見るのは無理でしょうね。 

箱根の美術館巡りーポーラ美術館

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 深緑の季節だがこのところ旅をしていない。コロナ禍が到来してから二年半もだ。一向に収まらないコロナ禍だが巣ごもりから解放されたい。そういう思いが募り5月半ばの深緑の箱根を訪れた。   もう旬のタケノコを賞味する時期はすぎてしまったが・・・  箱根には数々の美術館がある。今まで彫刻の森、ガラス彫刻、数年前は星の王子様ミュージアムを訪れた。久々の箱根、今回はポーラ美術館に決めた。   ここにはルノアール、モネ、ピカソ、藤田嗣二など内外の巨匠たちの作品が展示されている。   今回、目を引いたのは岸田劉生(1891-1929)の麗子座像(1919年の作品)だ。いままで、新聞、雑誌などで何回目にしただろう。この作品の評価は高いが麗子の顔が無表情で険しく可愛げがない。むしろ怖い感じだとの評論ばかりである。岸田劉生は麗子像を多数描いているがそのうちの一つなのだろうか・・・  この絵をみていると麗子の険しい目の奥に何かキラキラした潤いがあるのを発見した。  初めて見る「麗子」の絵画の生の表情、写真を撮ることは許可されているので、デジカメに収めてモニターを見るとその瞳の輝きは消えていた。なんども撮り直したが、やはり現れてこない。不思議な作者の表現力だ。写真はあきらめて作品を自分の眼でゆっくりと鑑賞することとした。横に並んでいるもう一枚の「麗子」デッサンにはその不思議なの目の輝きが感じられなかった。  外に出た。周囲の箱根の深緑の息吹を味わいたかったが、マスク越しでは感じられなかった。コロナが収まってから又来よう・・・そんな思いで美術館前のバス停に向かった。

園芸で育ったハーブ類、 料理に役立っています

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 我が家の園芸はもう30年も続いています。バラなどの花の他、オクラ、キュウリ、トマトなど季節の野菜類の収穫を試みてきました。この中で、年中料理に使っているのはハーブ類です。  長年の料理の友は、月桂樹「ローリエ」(写真上)とローズマリー(写真下)です。山椒はどうも我が家では相性が悪く苗木を買ってきても1年で枯れてしまいます。  毎年六月頃スーパーでは根が付いたままのバジルが売られていますので、このうち半分はを鉢で栽培します。夏が過ぎ花が咲いて葉も固くなってきますがまだまだ使えます。10月頃には枯れてしまい、これでお終い。だから乾燥バジルの瓶をスーパーで探すことになりますが・・・。毎年、他の植物の鉢にいつのまにか生えてくる居候のシソは植え替えると大きく育ちます。これも時がたてば、葉が小さくなって固くなりますので、そのまま放っておけば翌年にまた芽が出て再会することになります。ミントは・・・すっかり忘れられていました。どこにあるのだろう?ようやくコニファーの鉢の下でしょんぼりしているのをみつけました。  収穫したハーブはキッチンの壁にかけておくと、手軽に料理に仕えるので便利です。

アピオスいもを掘り返してみました。

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    もう何年前になるのか、毎年のように我が家の細やかな園芸でアピオスいもを栽培しています。アピオスいもは、北米原産で先住民(ネイティブ・アメリカン)の戦士が戦いの際に食べたと言う滋養豊富な食物です。日本に入って来たのは明治時代、リンゴの苗木の混じって入ってきた帰化植物ですが、青森県では庭先で栽培されるようになりました。    私がこれを見つけたのは都内のスーパーです。銀杏を一寸おおきくしたような形でためしに茹でて食べましたが、山芋と里芋をミックスしたような味で美味しくないので、残りをプランターで育ててみました。    翌年は買った時よりも大きくゴルフボール位になっていました。今度は油で揚げてチップスにしました。これがお酒のつまみに最高でした。以来、小さなものは翌年用に土に埋めておきます。毎年6月頃にスミレのような花が咲き11月に蔓は枯れてしまいます。そして収穫の時期です。       近年のコロナ禍続きで買い物にもあまり出掛けず園芸もおろそかになり「アピオスいも」もそのまま放っておきましたが、3月になって掘り返してみたところ。ごろごろ出てきました。早速チップスにしました。お酒の友として毎晩のように堪能しました。勿論、小さないもはプランターに植え替え、秋の食べごろに育った時まで「飲ん方」の際の楽しみに残しておきました。また、6月頃に可憐な花も愛でる事が出来るでしょう。  

 春の運河ーまるでウクライナの国旗のようです。

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   春の気配が感じられる頃になりました。東京の運河の散歩道には黄色の菜の花が咲き始め、青い水面と重なって平和を愛するウクライナの国旗のように彩られています。ロシアの武力侵攻でウクライナの都市は破壊されつつあり国民は恐怖に苛まれています。どうか早く戦火が収まって、この岸辺のカモメのように人々にゆったりとした平和な生活が訪れるように祈っています.。  No war! ウクライナに平和を

返ってきた25ペンスーロンドンの旅の思い出

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   ロンドン、ヒースロー空港に降り立った。海外旅行は慣れていると自負しているが、やはり、初めての空港は不安なものだ。家族連れのこともあり、ここは奮発してホテルまでタクシーを使うこととした。英国人らしくむっつりとした初老の運転手さんはホテルの玄関で料金を渡す際、ようやく口を開いて言った。「ロンドンは明日からストライキです。交通機関はほとんどストップします。よかったら、私の車を使いませんか、いろいろな場所にご案内いたします」  願ったりかなったりの申し出である。2日間にわたり、彼はロンドンの名所旧跡を案内してくれた。幼い子供たちも、ユーモアたっぷりな彼にすっかりなついてしまった。 このすばらしい出来事もあって、その後2週間にわたる英国各地の旅を、私たち家族は十分に満喫することができた。  ロンドンにもどってからも、勿論のこと、買い物や帰りのヒースロー空港までの足はこの親切な運転手さんである。空港で別れる際には料金にそえて過分のチップを渡したのはいうまでもない。  ポケットの中をさぐると数枚のコインがあった。これを持ち帰ったとしても、日本では使えない。そう思って、彼の分厚い手のひらに全部のせた。 「サンキュウ、サー。でも、一枚だけお返しします、必ず、お役に立つと思いますから」  そういって彼は25ペンス硬貨一枚を返してくれた。なにか、あたたかい風が流れた。  空港での待ち時間、ふと思い出した。滞在中、お世話のなった友人にお礼の電話を入れるのを忘れていたのだ。  ポケットには、心をつないだ25ペンス。私は満面に笑みを浮かべて立ち上がった。

ISS (国際宇宙ステーション)が見えた

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   2021年2月3日 パソコンのニュースを見ていると今日の18時38分頃に国際宇宙ステーション(ISS)が日本上空を通過するという記事が目につきました。天気予報では関東は晴れ、窓の外をみると空は雲ひとつ無い上天気です。こりゃ、良いチャンスだ。写真にとらなきゃ!早速、スマホをフル充電しました。  夕食は後回しにして屋上で観測することとしました。寒い中、震えながら空を見上げていましたが中々やってきません。しばらくして「来たわよ!」妻の声。北の空を見上げると羽を広げたような光る物体が見えました。400キロも離れた上空のISSがまじかに見えます。たった5分くらいだったが、あれに人が乗っているんだ!」おもわず声をあげました。    国際宇宙ステーション(International Space Station: 通称 ISS)は、いままで日本を含めて19か国、200人以上の飛行士が搭乗しています。地球や宇宙の観測や宇宙の環境下の利用を研究することを目的とした施設です。地上約400キロを秒速約7.7kmの速度で地球を約90分で一周します。  NASAによれば2030年には退役して南太平洋に再突入し燃え尽きてしまいます。まだ、見る機会は何回もあるとも思いますが、今回初めて見ることができたのは貴重な体験でした。

目黒通り散策―地下鉄白金台駅からJR目黒駅まで

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    今年の秋は何時まで続くのだろう。11月末になってようやく寒くなってきましたが昼間は暖かくまだまだ散歩の季節です。今日は青い空が広がっている穏やかな日です。さて、巣ごもりから羽ばたくか。まずは都内の散策です。地下鉄白金台駅からJ R目黒駅まで、たった1.3KM、歩数にして1800歩くらいしかありませんが、途中には立ち寄る見どころの施設が数か所あります。覗き見をしながら歩くことにしました。 港区立 郷土歴史館  白金台駅の2番出口を出て、東京大学医科学研究所の手前の道を行くと港区立郷土歴史館があります。この建物は昭和13年(1938年)建築学の内田祥三教授が設計した旧公衆衛生院で東京大学によく似たゴシック調の瀟洒な建物です。  この歴史的な建物を東京都港区が取得し複合施設として平成30年(2018年)に開館ました。1階から4階の展示室は港区の古代から現代に至る姿が展示されています。懐かしい都電7番の実物大のパネルもありました。昔、この都電を何回も乘った記憶が蘇ってきました。 国立科学博物館付属 自然教育園  都会にこんな自然があったのかと驚く所です。東京ドームの4倍もある園内には鬱蒼とした森、そこに佇む池のほとりには四季折々の草木が目を楽しませてくれます。  また、ここは4~500年前の白金長者と呼ばれた豪族の屋形があったところで、外敵を防ぐ土塁も残っています。 東京都 庭園美術館  ここは旧朝香宮邸でした。1906年(明治39年)に建てられたアール・デコ調の建物で歴史的建築物として国の需要文化財に指定されています。定期的に開かれている展覧会もさることながら、西洋の庭園、隣接する日本庭園や茶室も一見の価値があります。  白金台駅からJR目黒駅までたった1.3KMですがこれら文化財を回っていると約2時間、10000歩はゲットできました。

何十年ぶりだろうか 我が家に飛んできたタテハ蝶は・・・

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   毎年どこかに生えてくる初雪草、今年はバラの鉢に居候を決め込んでいます。大家サンのバラは迷惑そうですが赤いバラの花と白い初雪草がマッチしているので、このままにしておきましょう。おやっ? 蝶々が飛んできました。初雪草に蜜でもあるのでしょうか、さかんに吸っているようです。何十年ぶりでしょうか、この蝶が我が家に飛んできたのは・・・  小学生の頃、昆虫に興味があった私は夏にはかぶとむし、くわがた、蝉など標本を作り夏休みの宿題として提出していました。なかでも蝶は展翅板で一生懸命になって形をととのえたことを思いだしました。  年をとり、最近は園芸にのめり込んでいますので、すっかり昆虫のことなど忘れていましたが蝶を観察するのは久しぶりです。この蝶はアカタテハです。(学名: Vanessa indica)。前翅に鮮やかな橙色の帯模様があるタテハチョウで日本でよく見られます。タテハチョウの種類は他にルリタテハ、キタテハなどはありよく標本を作ったものです。  そうだ!昔の標本がまだあったはずだ。押し入れを探してみると、あった、あった、古びた標本箱の中にアカタテハ、ルリタテハ(学名 Kaniska canace :右標本箱の左下)の標本が残っていました。これは息子が小学生の頃,に採集したもので、展翅板で翅を整える事を教え作ったものと記憶しています。  私が小学生の頃ルリタテハを幼虫から育てた事を思い出しました。庭のおにゆりの葉に見慣れない濃い紫色の幼虫が十数匹もいるのを発見、どんな 蛾 ?になるのかなと飼育瓶で育てたところ、なんと、ルリ色の蝶が羽化しました。可哀そうに思いましたが、すぐに全部を標本にしました。学校に持っていくと理科の先生はこんな綺麗で完全な沢山の標本を見たのは初めてだと、びっくりしていました。そこで、これは教材として寄付しました。  年を経て、今は私の孫が蝉とりに夢中になっています。親父になった息子が種類など教えています。孫はアゲハチョウを獲った!と得意になっていましたが、翅はボロボロ、これでは標本にはなりません。逃がしてあげるように言いました。

パインアップルの葉挿しで栽培に挑戦!

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   コロナ禍のステイホームにあっても1週間に1度は食料品のまとめ買いは欠かせません。スーパーマーケットに出かけると店頭に並んでいるパインアップルが目に着きました。マスクを通して周囲に甘い匂いが立ち込めています。小振りですが手頃な値段なので買い求めました。台湾から輸入されたものです。  帰ってからインターネットで調べてみると、台湾のパインアップルの出荷は主に中国だったのですが中国政府が輸入を禁止したので仕向け先が日本となったようです。  小振りですが芯の部分も甘いとのことです。なるほど美味なり!まずは半分食べて、残りは後のお楽しみ。    さて、残ったパインの頭の葉の部分、久々に葉差しで栽培に挑戦してみることにしましょう。  十数年前に何かの園芸の本で紹介されていました。それによると食べられるような実は期待できなくとも花が咲き小さい果実まで成長するので観葉植物として面白いとの記事でした。 この時はフィリピン産のものを栽培しました。  試した所、葉は茂るもののいつまで経っても花は咲きませんでした。冬場に屋内に取り入れていましたが水をやりすぎて根腐れを起こし The End!  今回は前の失敗を教訓として育成してみますが、どうなる事やら・・・期待しています。  これは前回の15年前の作品です。

ペルシャ湾にもタコがいたよ!

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    私がかつて赴任していたサウジアラビアの東部地方のカフジでは休日ともなれば、多くの釣り人たちがアラビア湾(ペルシャ湾)で釣りを楽しんでいます。私もその中の一人。かれこれ18年に及ぶ滞在期間中に外道を含めて90種類以上の魚類を釣ってきました。しかし、タコの姿を見ることはありませんでした。  帰任も間近かな1997年、いつもの通り釣り糸を垂れていました。その日は潮が悪かったのか、まったく魚信がありません。何度もリ-ルを巻きあげましたが、餌もそのまま、おやっ?何か掛かったかな。だが、魚信は消えてしまいました。  捲き上げた仕掛けには得体のしれない軟体動物が絡みついています。  タコだ!12cmくらいの小さなタコです。ここではイカはたくさん獲りましたがタコが掛かってきたのは初めてです。 「こんなものが釣れたよ」私は仲間のアラブ人釣り師に聞きました。「これはアラブではなんという名前なのかい?」  周りの男たちも首をかしげています。  帰り際に魚屋に寄ってきいてみると 「オクトパス」 そりゃ英語だろ。彼もアラビア語ではなんというか知らないようです。  図書館で魚類図鑑を調べましたが、ペルシャ湾(アラビア湾)のタコについては何らの記述は見つかりませんでした。  後日、写真に撮ったそれを知り合いに聞いて回りますと「これは Akhtabot っていうんだよ」ようやくレバノン人が教えてくれました。  そういえば西アフリカのモロッコやモリータニアから日本にタコが沢山輸入されていますね。地中海料理にもタコが食材になっています。だから地中海に面した国のレバノンの彼は知っているのですね。  だが、ここのタコはヒョウモンダコみたいに毒があるんじゃないか? 12cmのチビダコ。食べるのは止めて釣り餌にしました。帰任するまでタコが獲れたのはこれが最初で最後でした。このタコ餌で何が釣れたのか・・・覚えていません。  アラビアのタコはこんなランプの中にいるのかなあ・・・呪文を唱えると出てくるよ。 そりゃ、フェイクニュースだろ!    

明治の鉄道路、高輪築堤を見てきました

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    JR高輪ゲートウェイ駅の周辺の開発で明治時代の「高輪築堤」が出土しました。日本で初めて鉄道が敷設された際、海上に作られた鉄道路の跡です。明治5年、新橋(汐留)―横浜間の鉄道の開通にあたり、土地買収の難しさから線路は当時の海岸線から50メートル沖合の築堤の上に敷設されました。その後、海岸の埋め立てによって現在のJRの線路網となり、この築堤は姿を消してしまいました。  梅雨の合間、天気も良いので散歩がてらここを訪れてみました。江戸の南玄関であった大木戸跡(田町と品川の間)から臨時の通路が出来ています。ここから、高輪築堤を見ることができます。  金網越しでしか見ることができませんが古き良き時代の貴重な鉄道遺産です。水が溜まっているのも海があったという証拠ですね。保存され、まじかに見学する事ができる日が楽しみです。  さらに芝浦方面に歩を進め突き当りを右折し階段を降りると旧通路の「高輪橋架道橋」の地下道が100メートルくらい残っています。   今では人しか通れませんが、以前は札ノ辻-品川間で唯一の芝浦方面に抜ける道路で一日2000台の車と2800人が行き来しているといわれていました。  天井が低いので、タクシーの屋根の表示灯がぶつかる事故が絶えませんでしたので「 タクシーの提灯殺し」 の異名を持つ場所でした。むき出しの傷んだコンクリート壁、暗いオレンジ色の光に照らされ、まるで異次元の世界に飛び込んだような所でした。(2018年11月撮影)  格好のパワースポットが取り壊されて残念な気がします。  地下道を抜けると、そこは見慣れた芝浦の風景でした。左手の道を進み、突き当り左の坂を上がるとそこは芝浦中央公園です。ひろびろとした空間を満喫しました。ここを抜けてJR品川駅に向かいました。 交通アクセス JR 高輪ゲートウェイ駅:  徒歩5分 地下鉄 泉岳寺駅   :  徒歩3分