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赤レンガ倉庫のドイツクリスマス市の夜ー横浜

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  何となく異国情緒が漂うヨコハマ。この時期には赤レンガ倉庫ではドイツのクリスマス市が開かれています。かれこれ40年前に家族共々訪れたローテンブルグはクリスマスの町、(この時は夏でしたが、クリスマス用品を買い求めました。)冬には各国から観光客でいっぱいになるそうです。そういう思い出を胸に描きながら横浜の宵を妻と過ごすことにしました。  桜木町を降りて15分、赤レンガ倉庫につきました。まだ宵の口、それでもクリスマスツリーや会場のイルミネーション、また、広場にはヒュッテと呼ばれるドイツから持ってきた28軒の小屋の店が立ち並んびクリスマスムードを盛り上げています。 さて何があるのかな。 ワクワクしますね。  ドイツ料理、何にしようか、・・・いろいろなお店にならんでいるのはグリューワイン(ホットワイン), ドイツ料理は器がパンでできているグラーシュ。その中で やはり、なんといっても本場のソーセージ 。   そのソーセージのお供に欠かせないのがビールですね。日本ではあまりお馴染みのないブランドのビ-ルを買いました。いただきまーす!  「ソーセージ」とドイツで言っても通じません。 「ヴルスト」 と言わねばなりません。ドイツを旅行中にレストランで苦労した覚えがあります。ソーセージといっても通じないのです。仕方なく隣のオヤジが食べているフランクフルトソーセージを指さして「これをくれ」と日本語で言ったらすぐ分かってくれました。  ちなみに、焼くソーセージはヴラト・ヴルスト、茹でるのはブリュー・ヴルスト。1500種類もあるそうです。フランクフルトでは フランクフルタ・ヴルストヒエン、2本並べて出てくるのが通例です。これでワンセットなのですごい量、ドイツで食べた時は一皿でじゅうぶん。妻と半分ずつでお腹一杯になってしまいました。   それでは、ソーセージとは何語なのでしょうか?英語はSausage, フランスでは Saucisse イタリアはSalsiccia スペインはSalchichon ですからこれらの国では「ソーセージ」と言って注文してもわかってくれるでしょう。元々ラテン語のSalsus(塩で味付けしたもの)から来ているのですから。          大きなクリスマスツリー、暗くなった宵の空に鮮やかな光が灯ります。 Merry Christmas ! 鐘の音が響いてきます。...

ベファーナ婆さんが箒に乗って空を飛び回る公現祭の夜

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     クリスマスのあと公現祭がやってきます。キリスト教ではこの日は東方の三博士がイエスキリストの誕生を祝うため贈り物を届けた日です。 三博士は旅の途中でベファーナ婆さんの家に立ち寄り一緒にお祝いに行こうと誘ったのですが、彼女は忙しいと断わってしまいました。このため婆さんは魔女扱いにされてしまいました。トホホ・・・ 三博士の誘いを断った事を悔いたベファーナ婆さんは毎年公現祭(2018年は1月7日)に箒に乗って空を飛び回り、良い子には甘いお菓子を悪い子には灰のお菓子を届けるようになったといいます。さて、今年のキミはどちらを貰えるかな~あ。もちろん良い子のキミだから、きまっているよね! 我が家のベファーナ婆さんのフィギュアは三つ、年がら年中、天井につるしてありますから埃をかぶった婆さんたちは疲れ果てた顔つきです。 そこで、籠の中に休ませてあげました。 「こりゃ楽でいいよ」婆さんたちは満足気です。    お菓子を配る役はゆるキャラ孫娘に任せましょう。 もしかして、お菓子はイケメンの彼にあげちゃうかも・・・。   それでは、良きクリスマスをお過ごしください。   クリスマスのあと、公現祭でまた会いましょう! Merry  Christmas!

中東で祝ったクリスマス

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   アラブ世界はほとんどの人がイスラム教徒です。そんな中で暮らす少数のキリスト教徒はクリスマスをどう過ごしているのでしょうか。 クウェイトもイスラム社会ですが、ミナ・アル・アハマディの町やクウェイトシティにはキリスト教会があります。 そこで働いている欧米人やインド、フィリッピン人の信者のためのものです。  1970年代、私と家族はサウジアラビアの東部州のクウェイトに近いアル・カフジという町で働いていました。サウジアラビアは特に厳格なワッハーブ派のイスラム社会です。そこではキリスト教会は見当たりません。  12月となり、国境を越えてクウェイトの町にクリスマス用品を買いに行きした。ここもイスラームの国ですがキリスト教会もあり、町のお店の中は日本と替わらないクリスマスのデコレーションで飾られています。 プラスティックのもみの木、サンタクロース、金モールなど飾りを一杯買い込みました。再び国境を越えて社宅にもどり、居間に飾りつけました。 クリスマスの当日、同じ社宅の日本人職員や子供達を招きパーティを開きました。 幼い頃を思い出しながら妻と二人で作った画用紙のカンムリに金色の折り紙を切り抜いた星をはりつけ子供達にかぶせ、ピアノの演奏でジングル・ベルの合唱をしました。  その週末(イスラムでは木曜日、金曜日が休日です) クウェイトのカトリック教会に行ってミサに与ることにしました。 シェラトンホテル(当時)の裏手にあるこの教会はイスラームに遠慮しているのか屋根に十字架がなく目立たないごく一般的な建物です。 周りはインド人やフィリピン人の信者で一杯です。 教会の扉の前には、ここでもイエス・キリストの降誕を祝って、馬小屋が飾り付けられています。  よくよく見ると幼子イエスの人形の横には大きな黒い牛の置物があります。 馬小屋でなく牛小屋でした。インドでは牛は聖獣ですから、ここに多く働いているインドの人々が作ったのでしょう。私たちから見ると違和感を感じますが、皆ひざまずいて熱心に祈っている姿は微笑ましい風景でした。  教会の聖堂に飾られている壁画のイエス・キリストの顔はごく一般のアラブ人の容貌をしています。私たちが普段見慣れているイエスはヨーロッパ人の顔ですが、考えてみるとアラブと同じセム族のユダヤ人のイエスの顔は実際にはこうでなければならないのでしょう。  アラブではイエス・キ...

クリスマスと,ほうきに乗った魔女ベファーナの伝説

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   今から2006年前、イエス・キリストがベツレヘムの馬小屋で誕生しました。そのお祝いのため、東方の三博士が贈り物を携えベツレヘムに向けて旅をしていました。 途中、道に迷った彼らは 老女ベファーナの家を訪れました。   親切に道を教えてくれたベファーナに、三博士は       「尊い御子が誕生された。これから一緒にお祝いに行きませんか」  と誘いました。 しかし、彼女は忙しいからとすげなく断ったのです。  思い直した彼女はあとを追いかけました。しかし、三博士はすでに、遠くに去った後でした。これが発端で、彼女は後世の人々から魔女として扱われるようになってしまいました。  博士たちがイエスに贈り物を届けたとされるキリスト教の公現祭(2007年は1月7日)の前夜、魔女ベファーナはほうきに乗って空を飛び、良い子にはお菓子を、悪い子には炭を届けるようになったと言い伝えられています。   また、その時に魔女ベファーナは一年間積もり積もった悪い出来事を、乗ってきたほうきで掃き清めてくれるのだそうです。  おどろおどろしい顔をした魔女ベファーナは、実は心優しいお婆さんなのです。  深く後悔し、人々に良い行いをしているにもかかわらず、魔女扱いとはちょっと気の毒にも思います。しかし、これはイエス・キリストの誕生の逸話とヨーロッパの民話が混ぜ合わされて伝承されてきたものでしょう。  まあ、世の中には悪役も必要だから、仕方ないですね。  それにしても冬のローマは寒くて、ベファーナ婆さんがほうきに乗って空を飛ぶには、こんな格好をしていたら風邪を引いてしまいますよ。 ユニクロあたりで人気のフリースの防寒着くらいプレゼントしたいですね。 そうそう、ついでに使い捨てカイロのホカロンも付けてあげましょう。 閑話休題(いい加減な話はまたにして)・・・。  このベファーナの伝説からローマのナヴォーナ広場ではクリスマスの前から翌年の公現祭まで、ベファーナ市(Fiera della Befana)が開催されます。  いたるところでベファーナ人形が売られています。公現祭の前日の夜には、イタリーの子供たちはクリスマスのサンタクロースに続くベファーナからの贈り物を心待ちしているのです。  「良いクリスマスを! また、ベファーナのあとに会いましょう!」  これが、この時期のローマの人々が交わすあ...

クリスマスの町ードイツ・ローテンブルグ

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クリスマスが近づく頃、イルミネーションで飾られる   クリスマスが近づく頃、町はイルミネーションで飾られる。ふと、ドイツのロマンティック街道を車で旅行した時を思い出す。 25年も前のことだ。フランクフルトからレンタカーで街道を南下し、城壁に囲まれたローテンブルグについた。  中世の面影を深く残す町、ローテンブルグ。この町の由来はドイツの古い言葉のローテン 、「木を切る」 という意味である。  時のヨーロッパの宗教改革の波はこの町にもなだれ込んできた。 いわゆる400年ほど前の三十年戦争である。プロテスタントのこの町はカトリック側のテリー将軍に包囲され、あえなく降伏した。将軍は、町の誰ががワイン3.25リットルを飲み干したら、ローテンブルグの町を焼き払わないと約束、義を見てせざるは勇無きなりと元市長であったヌッシュが一気に飲み干し、町を救ったという。  マクルト広場の古い市庁舎の仕掛け時計には、この逸話をもとに定刻の11時から15時まで1時間ごとに二つの窓から、将軍と盃をもったこの元市長の人形があらわれる。  市長の盃を傾ける仕草の人形劇が始まると、周囲の見物人から歓声があがる。  ローテンブルグはクリスマスの町である。 毎年、クリスマス当日の4週間前から始まる市には70万人もの観光客が訪れるという。  ヘレン通りにあるケーテ・ヴォールファールトという店は一年中クリスマス用品を売っている。 (巻頭の品川のプリンツヒェン ガルテンはその支店であった。今は独立し東京の銀座と鎌倉にも店を構えている。 商品はケーテ・ヴォールファールトから買い付けいるから、店内の雰囲気はドイツのそれと同じである)  私がローテンブルグを訪れたのは8月だ。季節外れのクリスマス用品の店、まだ早いなとも思いつつ、売り場の木工細工のサンタクロースや兵隊人形など、あれも気に入った、これも可愛いと、手当たり次第にかごに入れた。  カウンターのキャッシャーが驚いた。なぜ、こんなに沢山買うのか、こんなお客は見たことがない、という意味のドイツ語を言っているのだろうか、なるほど、はるかに予算をオーバーした額だ。あわてて、大半を陳列棚にもどした。今度はその店員は、にこやかに笑って、「ダンケ・シェーン」と送り出してくれた。 商品は貴方だけのものではない、皆のものだというドイツの合理的なやり方かも知れない。 こ...