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今年も猛暑でアッパッパ・ファッション 一体何それ?

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  ようやく猛暑も一段落、今年は昨年にくらべ暑かったですねえ。節電で冷房をあまり使わなかったので体感的に猛烈な暑さを感じたのかもしれません。7月、通販に扇風機を注文したのですが届いたのは8月の半ば、それまではうちわなんかで凌いでいました。 家電量販店でも品薄でメーカーから入るそばから売れてしまったそうです。 夕涼み よくぞ男に生まれけり (宝井其角)  一昔前の夏の季節、男性たちは上半身裸でうちわ片手にビールなど飲んでいたり、チジミのシャツにステテコ姿で縁台で将棋を指している風景が良く見られました。 ところが当時の女性はそうはいきません。  私の母は普段は着物姿ですが、夏になると アッパッパ というワンピース姿でした。 なぜアッパッパというのか、この語源は大正後期から昭和にかけて流行した部屋着・簡単服の意味で「 Up A Parts 」からきているとの事です。また、歩くと裾がパッパと広がるからという説もあるそうです。 私の小学生時代の日記では夏の最高気温は30℃程度で35℃の猛暑日なんかありませんでしたが、それでもあの頃はエアコンなんかない時代、皆じっとりした暑さに耐えていたのです。 その中でアッパッパは着て過ごし易く、言うのも語呂が涼しげでいいですね。  地球の温暖化が進み 35℃の猛暑日を越えて38℃も珍しくなくなった昨今、 私の妻も今はアッパッパと同じような姿です。 しかし、この暑さにはファッションもへったくれもありませんよ、街中を歩いていても、このごろの女性の夏姿は大胆すぎるほど露出オーバーですねえ。こんないでたちはリゾート地でしか見られなかったものですが・・・。 そんなことよりも熱中症のほうが心配です。 こまめに水の補給をしてください。   余談ですが、実は私は一年中の大半が40℃を越す砂漠の国のサウジアラビアで永年勤務していました。 猛暑の時期に現地に来る東京のお客さんには この暑さで車のボンネットの上で目玉焼きができますよ、と冗談めかして言っていました。信用しない人には実演してみせました。 だんだんと白身が固まってゆくタマゴには目を丸くしていましたよ。 (実はエンジンの余熱の助けもあったのですが)   駐在している日本人医師のA先生は この暑さの中で砂漠ゴルフをする日本人が後をたたないので、熱中症を心配して、ご自身である実験をしていました。  ...

ジーンズが流行遅れ? そんなのウソだろ !

  1960年代からカジュアルファッションを引っ張ってきたジーンズ、このところ売れ行きがふるわないようです。街を歩いていても女性のレギンス、若者達はチノパン姿が多いですね。その中で見るジーンズ姿は色あせたボロボロのやぶれファッション、落ち目の感じがしないでもありません。6月に入り、スーパークールビズで企業はポロシャツ・ジーンズ・スニーカーで執務OKのところが多くなりました。 これで巻き返しが出来るとよいですね。  私は若い時から根っからのジーンズ党です。それもリーバイズのストレートをはき続けています。あのゴワゴワした感触、洗濯のたびに膝のあたりの色が白く変わってゆく、それがたまらない魅力なのです。全体が空色になるころ膝が破けてしまいます。私の場合はそうなったら終わり。 不良オヤジと笑わないで下さい。今でもジーンズ専門店にいそいそと買いに行きます。   古くなれば価値が出る。 ジーンズはアメリカのワビ・サビ文化と言われています。一時ビンテージジーンズは数万円、希少ものは数十万円もしました。 私が買うものは一般的な価格の8000円から10000円程度のものですが、店先に並んでいる古びたものにこんな値段がつけられるとは・・・ビックリしたものです。  なぜ、長いあいだカジュアルの主流であったジーンズが落ち目なのか? 5月の新聞の情報によると、数年前の1000円ジーンズの乱立が原因だそうです。 私もその商品を手にとって見ましたが素材自体はそう変わっていません。 しかし、売らんかなが先立って何となく品格が違っているように思いました。 他メーカーの自社の製品に対する思い入れがこの製品には感じられないのです。この品格のなさが消費者に飽きられ、その余波がジーンズ界全体に及んできたのでしょうか。 統計では国内生産数は04年の約7000万本から09年は約5000万本に減少しているようですが・・・   ヤバイ  ファッション雑誌にもジーンズという言葉は消えて全部がデニムとなっていました。もともとデニムとは生地・素材を意味します。だから、G-パンは幼名、ジーンズは本名、とすると、デニムとはもう戒名かも知れません。  もう一つの理由としてジーンズが穿かれなくなったのはファッションの多様性が挙げられています。ジーンズは動き難いから、若者たちはチノパンやカーゴパンツに移り、女性の間でやはり...
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  「アッ、へそが見えない!」風呂に入ろうと服を脱いだとたん、青くなりました。幸いにして鏡に映ったわがお腹の下にはオヘソが笑っています。 夕食後で胃袋が膨れているせいもありますが、自分のへそが見えなくなったら危険信号です。 まずい・・・いまをときめくメタボリック症候群のお仲間入りです。  私は子供の頃からG-パンを穿いていますから、根っからのジーンズ党です。しかし、わがウエストは20代のイケメン( プッ ! ワラワセルナ )の頃の73cmから、いまや86cmと大分お腹に貯金が貯まってしまいました。 メタボの検診はウェストサイズではなく腹囲ですから、これよりもっと太めに出てしまいますね。もうルーキーのメタボリアンです。     ヤバイ  昔から私の好みはリーバイズの紺のストレートジーンズ、だから今は505-03 W34 L34が定番です。心なしか、それもきつくなってきているようです。  これ以上、ウエストが太くなるとその上のサイズではダブダブです。愛用のジーンズが穿けなくなるのも悲しいですね。家族からはメタボ解消するにはもっと減量しなくてはとはっぱをかけられていますが、 きついですよ、好きなものを食べられないのは。   ガックリ・・・     肥っている人はジーンズが似合わないのでしょうか。   アメリカの中西部の農村や牧場のオジさんたち、例外なく肥っています。 だが、LLサイズのジーンズを穿いてピチッときめていますね。 ・・・ということは、 ジーンズはもともと彼らのためのもの、似合わないわけはありません。    しかし、町を歩くには若干のアクセサリーを身につけることが必要です。  まず、シャツは赤いチェック柄、はだけた毛むくじゃらの胸にきらりと光るペンダント。ベルトは飾りのついた幅広のもの。 先のとがった模様入りカントリーブーツ。 腕にはじゃらじゃらのブレスレット、髯も蓄えましょう。  ジーンズのベルトの上には突き出したお腹がありますが、こんなダンディな格好には遠慮したのか、まったく気になりません。 後ろ姿もでっけえ尻に、リーバイの革のタグが歩くたびに揺れています。 ジーンズの真髄を見せますネ!  それに脚が長い・・・。  ( 私のジーンズの裾揚げで、布がざっくり切られる時の悲しい気持ちを察して下さい。   トホホ・・・  ) ジーンズの膝のあたりがちょいと...

どっこい、生きてるー古いTシャツ

   最近は温暖化の影響で暖かですね。12月に入っても昔のようなウザったい木綿の長袖の肌着を着なくなりました。 さりとて、ランニングシャツでは寒い。そこで、代わりに着るのは古くなったTシャツです。毎年10月の衣替えの際に古いTシャツを選び出し、しまわないでおきます。  夏の間、気に入ったTシャツほど洗濯する回数が多いわけですから、首まわりが伸びてしまったり、色があせたりして来年の夏にはどうも・・・、と思うようになってしまいます。 それでも、まだ愛着がありますから捨てるに忍びないのです。だから、冬のあいだ下着がわりにするわけです。  上に着たカジュアルシャツの襟もとからは Tシャツが覗いています。白い生地は中学生風でいただけませんが、赤や青などカラフルなものはネッカチーフの代用のようで、ちょいと粋な感じを受けます。 グレーやダークグリーンもGI風で勇ましく見えますね。完全にくたびれたTシャツは、首まわりをぐっと指で伸ばしてしまって、シャツのエリ首の中に押し込んでしまえば使えます。だが、それが襟もとからちょっとでも顔をのぞかせた時にはよれよれ、見苦しい印象を受けますからお薦めできません。余程寒くてハイネックを重ね着する時は別ですが・・・。    夏の私のファッションは、TシャツとLIVISのストレート・ジーンズや短パンにスニ-カーが定番です。オヤジのくせに、と笑わないでください。シャツの裾は当世風に外に出したままです。  ポロや、ラルフ・ローレンのようなブランドのシャツは流行なのでしょうか、同じ柄を着た人を何人も街で見かけます。電車の中で同じシャツを着ている人と隣あわせになった時、自分の個性が失せたように感じ気まずくなるものです。これは女性も同じでしょう。  その点、Tシャツはイベントや競技場のサポーターの場合の大人数で盛り上げる場合を除いて、まず同じものを着た人に出会ったことはありません。 ですから、趣味のよいTシャツを着ることは、その人の個性的なファッション・センスをあらわしているのではないでしょうか。 Tシャツのロゴとイラストはその人の外出の際の紋章です。人がどう思うとも、気にいったデザインのシャツで外出するときは晴れ晴れした気持ちになるのです。いささか自己中心的ですがこれが私のTシャツに対するこだわりかもしれませんね。  私はコレクターではありませんから...

俺とジーンズとスニーカー

 今や、ジーンズは中高年の救世主。「ちょいモテ、オヤジのジーンズ」、「不良オヤジのファッション、ジーンズの着こなし」、などの広告が目に付きます。私はもう引退組だから、いまさら、もてようとは思いませんが、今でもジーンズ いや、古き良き言葉であったG-パンを愛用しています。それも一貫して「LEVIS」 以前、店に合うサイズがなかったので、浮気心を起こしてBIG JOHNを買ってみましたが、股上が深くどうもフィットしません。EDWINも私にはいまいち、それ以後は、店々を駆けずり回ってでもLEVISを探し歩きました。  ジーンズにはやはりスニーカーが付き物ですね。私はROTTOや LUMBERJACKなどを履いていましたが、今はNIKE AIR MAX、 すこぶる良い履き心地です。。  私が初めてG-パンをはいたのは、今からおよそ50年も前、それは米軍(進駐軍)のPXからの横流れ品だったようです。ごわごわした感触。ながい裾を母が惜しげもなく、裁ちばさみでザクリと切って裾上げしてくれました。それに白い運動靴が当時の私の姿でした。野球ばかりしていましたから、G-パンは色が落ちる前に膝がぬけてしまいました。  高校生になって、異性を意識し始めたせいでしょうか、私も身だしなみがよくなりました。でも、はやりの股引みたいな細いマンボ・ズボンとモカシンの靴、女学生はどう思ったでしょうね。    ロックが流行し始め、私もプレスリーのまねをして、リーゼントスタイルの髪、勿論、ブルージーンズでしたよ。 この頃からG-パンという言葉は死語になったようです。  大学時代は汗臭いトレーナーとジーンズ。部活の作業着でした。この頃もまだフツーの運動靴を履いていたと記憶しています。当時の流行はアイビー・ルック。ボタンダウンのついたワイシャツにストライブのネクタイ、紺のブレザーにフラノの細身ズボン、先のとがった靴。私もまあ、こんな、いでたちでしたね。女の子たちはサック・ドレスでした。  就職してからは、毎日がおきまりのどぶねずみ・ルックのビジネス・スーツ、休日にはジーンズと、流行しはじめたスニーカーなるものを履いて銀座などを歩きました。  海外に赴任中、背広は要りませんでした。現場勤務だったからです。ジーンズにT-シャツにスニーカーが私の正装です。現場の仕事上、ジーンズは毎日汚れてしまいます。だからすぐに駄...