投稿

ラベル(ハワイ)が付いた投稿を表示しています

高齢者みな集まれ、ハワイアンバンドやろうぜ!

イメージ
   定年になったある日、友達から電話がかかってきました。「暇になったろ、久しぶりにハワイアンをやろうじゃないか。そうすれば、80歳になっても手のなかでクルミを転がさずにすむよ」成る程、ぼけ防止には一番かもしれない。そう思って押し入れのウクレレをひっぱりだしました。アララ・・・割れちゃっている。早速修理にだしました。    むかしは夏の音楽だったハワイアン、今やフラはオバサンどころか若い子まで踊っています。だから一年中OKです。  さて、曲を思いださねばならないな。CDを買いました。ところが、昔やった曲は一つもありません。今風のハワイアンはエイトビートの賑やかなものばかりです。数十年保管していたカセットテープは伸びきってしまったので、再生してもリズムが一定せず役に立ちません。    懐かしのハワイアンは 青、竹、サンゴ が御三家でした。ブルーハワイ、小さな竹の橋,珊瑚礁の彼方、の三曲です。それに月の夜はとかカイマナヒラ、幸いにして歌詞もコードも全部覚えていました。まだ捨てたものでないぞ!自信がつきましたが・・・。 「ブルーハワイっ< /span>てどんな曲ですか?」「昔、プレスリーが映画の中で歌っていたろう」「プレスリー?誰ですかそのひとは?」 今時の若い子とは会話が成り立ちません。やれやれ・・・マッ、しょうがないか・・・。  1960年代の私の大学時代はハワイアン最盛期でしたから学内にはたくさんのバンドがありました。すっかりご無沙汰していましたが電話をかけまくって連絡がつく人をあつめ、過去の三つのバンドをまとめて新しくバンドを結成しました。 バンドの名前はかつての銀行が統合した時のように長ったらしくなりましたが。練習日にはギターとウクレレをかかえて、いそいそと出掛けて行きます。電車の中でエレキギターを抱えた若者に「ヘッ、あんな年をとってもやってんだ・・・」と見られたようですが気にしません。 将来そうなるよ、今の君の音楽を大切にしなさい。  今時のフラの新曲はなかなか覚えられないのですが、これも努力のかいあってマスターできました。さて、次はライブだな。   今日は知人をあつめてハワイアン・コンサートです。上手くやれるかな・・・フラを踊るオバさん達もあつめました。派手なアロハシャツを着込んでレイをかけハワイに行った気分ですが、ここは東京で...

暑い夏、ウクレレでも弾こうかな

イメージ
 暑いですねえ、どこか避暑にいこうかな、でもどこも人で一杯ですね。冷房の効いた家の中でテレビばかり見ていても退屈します。このままではボケてしまう、なにかやらなきゃ!ウクレレでも弾こうかな。でも、誰もきいてくれる人はいません。そうだ、ハワイ観光局のポスターを壁に貼ったり、レイを飾ったりすればハワイに行った気分になるかも知れないな。準備万端整った!  (^^♪  始めましょう。   高校生のころ、女の子にもてようとウクレレを覚えました。逗子や葉山の海岸でよく弾いていましたが下手くそだったらしく、どの子も見向きもしなかった様です。  そこで大学に入った時にそのころ全盛期にあったハワイアン音楽バンドを結成しました。皆でやれば怖くない。おかげでコンサートではそうとうお客さんがきてくれたと記憶しています。勿論、お目当てのギャル子ちゃんも来てくれました。  そもそもウクレレとは ポルトガルの楽器 ブラギーニャ((braguinha)がハワイに入ってきてこれが、ハワイで作られるようになり、ウクレレと呼ばれるようになりました。   その意味は 「跳ねる蚤」 です。  なるほど、4弦を奏でてみるとぴょんぴょん跳ねる感じが陽気ですね。 四本の弦を ソ・ド・ミ・ラ と調弦するときは、ハ・ナ・コ・サンとおぼえました。 ハワイでは My・ dog・ has・ flea (私の犬には蚤がいる)です。  ♬  現在私が持っているウクレレは1960年代のものですからビンテージの色をしています。はっきり言うとボロボロ、でも音色は枯れていいサウンドがでていますよ。 さて、これを引っ張り出して昔のハワイアンを歌ってみました。カイマナヒラ、ブルーハワイ、ビヨンザリーフ な・なんと歌詞もコードも全部覚えていましたよ。   ウクレレ様はボケ防止の神様みたいな存在だったんだ。 ソ・ド・ミ・ラ !

じいさま達のハワイアン

イメージ
  インターネットを検索してみると、あるあるフラ教室、今やおばさんだけのフラでなく若い女性たちもこぞって踊っています。私たちの若いころはハワイアンブームでバッキー白方とアロハ・ハワイアンズ、ポス宮崎とコニー・アイランダース、大橋節夫とハニー・アイランダースなどが全盛時代でした。よく音楽喫茶のタクトに聞きに行ったものです。 大学ではそれをお手本に学友たちとハワイアンバンドを組みました。  しかし、当時のハワイアン音楽は今ハワイに行ってもほとんど聞けませんねえ。かわりにロック調のアップテンポか、レゲエのリズム。 昔、はやったKaimanahila とかBeyond the Reef なんかCDを探してもなかなかみつかりません。店員に聞くと、しばらく考えてから 「Oh! It’s very old mujic」と言って代わりに今これがヒットしていますよと別の曲を薦めてくれました。ライブに行ってもほとんど知らない曲ばかりでした。  定年後、「またハワイアンをやろうじゃないか」その声で、学生時代の三つのバンドが一つになって練習を開始しました。勿論、じい様ばかりの集まりですが昔覚えた曲は忘れていませんね。  まだまだ捨てたものではない!現在、我々はライブ活動にのめり込んでいます。おばさん達が踊るフラ曲は昔ながらのトラディショナルのハワイアン、これは若いころ演奏したことがある曲が多いので、じい様たちは昔とった杵柄でやり易いのです。  健康志向の現在、若いお嬢さんも多いフラの世界は楽しそうです。このうしろで演奏するのもわくわくして、何十年も若返った気持ちです。  お嬢さんもパパの手助けをしています。お友達を誘ってくださいね!                残念ながらハワイ音楽は今どきの若い人たちにとって魅力なさそうです。現にギター奏者が足りないので代わりに演奏を頼みましたが、 「ハワイアン?もたもたしたリズムについていけねーよ」とつれない返事でした。  歳月を重ねメンバーのリタイアも多く、バンドの存続のためにはウクレレだけじゃない、スティール・ギター、ベース、アコースティックギターを全部の楽器を弾けるように皆に提案しているのですが、いまさら、どうも・・・と乗り気ではないようです。  我が家にはこれらの楽器は全部揃っていますので一応私は全部弾けるようになりました。ただ、ベース...

俺とアロハとハワイアン

イメージ
  アロハシャツはもともとハワイに移住した日系一世の方々が、日本から持参した和服を現地の気候にあわせてシャツに仕立て直したもの。これがアロハシャツの元祖です。ハワイではヴィンテージ物は菊や鳥など、わたし達が日常眼にする柄が高値で売られています。また、お寺や鳥居の柄は戦後日本に駐留したGIたちのおみやげに作られたものでしょうか。  ハワイアンが盛んなころの昭和30年代、アロハの柄はハイビスカス模様が染め抜かれた赤や青くらいで、普段着にする人はめったにいませんでした。最近、夏は若い人から年配の人までが、いろいろなデザインのアロハで歩く姿を見かけることも珍しくなくなりました。  学生時代、私はハワイアンバンドを組んでいました。アロハなんてバンドマンが着るものだと思っていましたから、卒業以来、着ることはありませんでした。すべてのストレスから解放された定年後のある日、かつての仲間から電話がかかってきました。  「暇になったろ、このままだとボケちゃうぜ、またハワイアンを始めないか。ウクレレを弾いていれば、将来手の中でくるみを転がさずにすむよ」  この一言で私がハワイアンを再開するきっかけとなったのです。     昔のウクレレを押入れから取り出し、弾いて見ました。  おっ! まだ、いけそうだ。頭ではコードを忘れていても、指が憶えていてくれました。  昔とった杵柄、皆でステージに立つのにはそう時間はかかりませんでした。  さて、次はステージ衣装が問題です。 日本ではメンバー全員が同じ柄のアロハシャツをそろえることは難しいことだとわかりました。 あつらえるのは高価で手がでません。 たまたま、知り合いがハワイに行くので、何でも良いから揃いを買ってきてもらうことにしました。  あっりゃ! Mサイズなのにだぶだぶ、アメリカンサイズは日本より一回りでかい。 まあ、身体をシャツに合わせましょう。  白いズボンと白い靴。これも夏のシーズンというのにあちこちの店をまわっても見つかりません。ようやく、イトーヨーカドーで買うことが出来ました。  数年前、ハワイに行く機会を得ました。 勿論、真っ先に買い物に行ったのは、レインズやヒロハッティなどのアロハシャツの店。グループの揃いのシャツもあれこれ選べます。  以来、私の持っているアロハシャツは個人で着る分をふくめ、もう10枚を越えました。 だが、...

ハワイ島ーマウナケアの旅:壮大!山頂の夕日

イメージ
  1月、妻と私はハワイ島のマウナケアの山頂(海抜4,205m)を訪れた。 ここには世界各国の13基の望遠鏡ドームが並んでおり、わが国の国立天文台ハワイ観測所のすばる望遠鏡も設置されている。 ハワイの気候は、平均23度 しかし、山頂ではぐっと気温が下がり、1月には零度近くになる。 ここでは雪が降るという。 このため、常夏の南の島に行くというのに、出発する時は東京と同じ冬支度、まあ、ハワイで使うから、良しとするか。 オアフ島に到着。 ワイキキでは早速、夏物を買い求める。 Tシャツに短パン、ビーチサンダル。 やはりハワイはこれでなくっちゃ! この数日間は白い浜辺の椰子の葉陰、ハイビスカスやプルメリアの咲き乱れるイメージどおりのハワイを満喫する。 アロハ~! ・・・・・・・・ ホノルルからコナへ 朝一番、オアフ島ホノルル空港からアロハ航空でハワイ島に飛ぶ。 コナの空港でレンタカーを借りてキングカメハメハ・コナリゾートホテルにチェックイン。 3時、ツーリストエージェント太公望の係員が四輪駆動車に乗ってやってくる。 冬支度で車に乗り込む。 しかし、ちょっと暑すぎはしませんか・・・・。 ごつごつした溶岩の景色が続く190号線ハイウェイから、200号線サドルロードに入る。 マウナロアを右手に見て、車はマウナケアに登ってゆく。 標高2800メートルのハレポハクにあるオニズカ・ヴィジターセンターで一時間半、気圧に身体を慣らす。 (注:キャプテン・オニズカは1986年NASAスペースシャトル(チャレンジャー)の事故で殉職した日系人宇宙飛行士である) ここからは、あまり激しい運動はつつしんで、とガイド。 注意書きを読むと、心臓欠陥、呼吸器系疾患、妊婦。 また前日、海でスキューバ・ダイビングをした人は気圧の関係から健康に影響するので、頂上に行くことを禁止する、とされている。 保護植物のオヒナヒナ 年々減少しており、ハワイ島のほか、モロカイ島にしかないそうだ。 弁当がでる。 和食だ。 カツや煮物、梅干など、東京を発ったのは6日前だから、丁度日本の味が恋しくなった頃だ。 美味い! ちゃんと保温されているのも嬉しい.. 車は更に山道を登ってゆく。 ごつごつの溶岩だらけの景色、ほかに何もない。 ここがハワイかと目をこすってみる。 でも、ハワイなんだな、ここは! ...