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返ってきた25ペンスーロンドンの旅の思い出

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   ロンドン、ヒースロー空港に降り立った。海外旅行は慣れていると自負しているが、やはり、初めての空港は不安なものだ。家族連れのこともあり、ここは奮発してホテルまでタクシーを使うこととした。英国人らしくむっつりとした初老の運転手さんはホテルの玄関で料金を渡す際、ようやく口を開いて言った。「ロンドンは明日からストライキです。交通機関はほとんどストップします。よかったら、私の車を使いませんか、いろいろな場所にご案内いたします」  願ったりかなったりの申し出である。2日間にわたり、彼はロンドンの名所旧跡を案内してくれた。幼い子供たちも、ユーモアたっぷりな彼にすっかりなついてしまった。 このすばらしい出来事もあって、その後2週間にわたる英国各地の旅を、私たち家族は十分に満喫することができた。  ロンドンにもどってからも、勿論のこと、買い物や帰りのヒースロー空港までの足はこの親切な運転手さんである。空港で別れる際には料金にそえて過分のチップを渡したのはいうまでもない。  ポケットの中をさぐると数枚のコインがあった。これを持ち帰ったとしても、日本では使えない。そう思って、彼の分厚い手のひらに全部のせた。 「サンキュウ、サー。でも、一枚だけお返しします、必ず、お役に立つと思いますから」  そういって彼は25ペンス硬貨一枚を返してくれた。なにか、あたたかい風が流れた。  空港での待ち時間、ふと思い出した。滞在中、お世話のなった友人にお礼の電話を入れるのを忘れていたのだ。  ポケットには、心をつないだ25ペンス。私は満面に笑みを浮かべて立ち上がった。

ISS (国際宇宙ステーション)が見えた

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   2021年2月3日 パソコンのニュースを見ていると今日の18時38分頃に国際宇宙ステーション(ISS)が日本上空を通過するという記事が目につきました。天気予報では関東は晴れ、窓の外をみると空は雲ひとつ無い上天気です。こりゃ、良いチャンスだ。写真にとらなきゃ!早速、スマホをフル充電しました。  夕食は後回しにして屋上で観測することとしました。寒い中、震えながら空を見上げていましたが中々やってきません。しばらくして「来たわよ!」妻の声。北の空を見上げると羽を広げたような光る物体が見えました。400キロも離れた上空のISSがまじかに見えます。たった5分くらいだったが、あれに人が乗っているんだ!」おもわず声をあげました。    国際宇宙ステーション(International Space Station: 通称 ISS)は、いままで日本を含めて19か国、200人以上の飛行士が搭乗しています。地球や宇宙の観測や宇宙の環境下の利用を研究することを目的とした施設です。地上約400キロを秒速約7.7kmの速度で地球を約90分で一周します。  NASAによれば2030年には退役して南太平洋に再突入し燃え尽きてしまいます。まだ、見る機会は何回もあるとも思いますが、今回初めて見ることができたのは貴重な体験でした。

寅年 新年おめでとうございます

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   十二支が暦に使われるようになったのは紀元前1600年頃、農作物の成長を記録するための数え方を動物たちに例えて表されました。日本には六世紀半ばに伝わりました。年の順番を決める神様の前に到着したのは足が遅いので前夜に出発していた牛の背中に乗っていた鼠が飛び降り駆け込んで一着、不本意ながら牛は二着、足が速いからと当日に出かけた虎は三着目となりました。  なぜ猫が十二支に入っていないのかと言えば、鼠が猫にウソをついて神様の所にゆく日を翌日だと教えたからで、これに怒った猫はそれから鼠を追い回すようになったと、ナンチャッテ話もありますが・・・ 謹賀新年 「寅」という文字には「まっすぐに伸ばす、引っ張る」という意味があります。『漢書』では、寅は草木が伸び始める状態を表すと解釈されています。虎はチャレンジ精神が強く、どんなことにも強い信念を持って挑んでいきます。だからトップにならなくても十二支に入る目的が達成されればよいのです。  寅をあらわす言葉には「虎は千里を行って千里を帰る」という不屈の精神を表す一方で「虎の尾を踏む」「虎穴に入らずんば虎子を得ず」など危険な事も含んでいます。だが、たとえ失敗したとしても、めげずに何度も立ち向かっていく姿が高く評価されることが多いといえるでしょう。ちなみに数々の困難を乗り越えた宇宙探査機はやぶさ1号は小惑星イトカワの表面物質を採取し12年前の2010年 寅年 に地球に戻ってきました。今年はコロナ禍を乗り越えて飛躍する年になりますように! 暇人のつぶやき: マイナスイオンが出るというので、永年室内に置いているタイガーテールの鉢。この植物の花言葉は 悠久・不滅 です。挿し葉で増えるは増えるは・・・不滅ですねえ。花言葉のとおり不滅は「タイガー(ス)・テール」が元祖なのに長嶋茂雄さんに「巨人軍は永久に不滅です!」と言われてしまいました。今年は阪神ファンの一人として、「阪神タイガースは悠久・不滅です!」と優勝してもらいたいですね。

目黒通り散策―地下鉄白金台駅からJR目黒駅まで

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    今年の秋は何時まで続くのだろう。11月末になってようやく寒くなってきましたが昼間は暖かくまだまだ散歩の季節です。今日は青い空が広がっている穏やかな日です。さて、巣ごもりから羽ばたくか。まずは都内の散策です。地下鉄白金台駅からJ R目黒駅まで、たった1.3KM、歩数にして1800歩くらいしかありませんが、途中には立ち寄る見どころの施設が数か所あります。覗き見をしながら歩くことにしました。 港区立 郷土歴史館  白金台駅の2番出口を出て、東京大学医科学研究所の手前の道を行くと港区立郷土歴史館があります。この建物は昭和13年(1938年)建築学の内田祥三教授が設計した旧公衆衛生院で東京大学によく似たゴシック調の瀟洒な建物です。  この歴史的な建物を東京都港区が取得し複合施設として平成30年(2018年)に開館ました。1階から4階の展示室は港区の古代から現代に至る姿が展示されています。懐かしい都電7番の実物大のパネルもありました。昔、この都電を何回も乘った記憶が蘇ってきました。 国立科学博物館付属 自然教育園  都会にこんな自然があったのかと驚く所です。東京ドームの4倍もある園内には鬱蒼とした森、そこに佇む池のほとりには四季折々の草木が目を楽しませてくれます。  また、ここは4~500年前の白金長者と呼ばれた豪族の屋形があったところで、外敵を防ぐ土塁も残っています。 東京都 庭園美術館  ここは旧朝香宮邸でした。1906年(明治39年)に建てられたアール・デコ調の建物で歴史的建築物として国の需要文化財に指定されています。定期的に開かれている展覧会もさることながら、西洋の庭園、隣接する日本庭園や茶室も一見の価値があります。  白金台駅からJR目黒駅までたった1.3KMですがこれら文化財を回っていると約2時間、10000歩はゲットできました。

何十年ぶりだろうか 我が家に飛んできたタテハ蝶は・・・

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   毎年どこかに生えてくる初雪草、今年はバラの鉢に居候を決め込んでいます。大家サンのバラは迷惑そうですが赤いバラの花と白い初雪草がマッチしているので、このままにしておきましょう。おやっ? 蝶々が飛んできました。初雪草に蜜でもあるのでしょうか、さかんに吸っているようです。何十年ぶりでしょうか、この蝶が我が家に飛んできたのは・・・  小学生の頃、昆虫に興味があった私は夏にはかぶとむし、くわがた、蝉など標本を作り夏休みの宿題として提出していました。なかでも蝶は展翅板で一生懸命になって形をととのえたことを思いだしました。  年をとり、最近は園芸にのめり込んでいますので、すっかり昆虫のことなど忘れていましたが蝶を観察するのは久しぶりです。この蝶はアカタテハです。(学名: Vanessa indica)。前翅に鮮やかな橙色の帯模様があるタテハチョウで日本でよく見られます。タテハチョウの種類は他にルリタテハ、キタテハなどはありよく標本を作ったものです。  そうだ!昔の標本がまだあったはずだ。押し入れを探してみると、あった、あった、古びた標本箱の中にアカタテハ、ルリタテハ(学名 Kaniska canace :右標本箱の左下)の標本が残っていました。これは息子が小学生の頃,に採集したもので、展翅板で翅を整える事を教え作ったものと記憶しています。  私が小学生の頃ルリタテハを幼虫から育てた事を思い出しました。庭のおにゆりの葉に見慣れない濃い紫色の幼虫が十数匹もいるのを発見、どんな 蛾 ?になるのかなと飼育瓶で育てたところ、なんと、ルリ色の蝶が羽化しました。可哀そうに思いましたが、すぐに全部を標本にしました。学校に持っていくと理科の先生はこんな綺麗で完全な沢山の標本を見たのは初めてだと、びっくりしていました。そこで、これは教材として寄付しました。  年を経て、今は私の孫が蝉とりに夢中になっています。親父になった息子が種類など教えています。孫はアゲハチョウを獲った!と得意になっていましたが、翅はボロボロ、これでは標本にはなりません。逃がしてあげるように言いました。

パインアップルの葉挿しで栽培に挑戦!

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   コロナ禍のステイホームにあっても1週間に1度は食料品のまとめ買いは欠かせません。スーパーマーケットに出かけると店頭に並んでいるパインアップルが目に着きました。マスクを通して周囲に甘い匂いが立ち込めています。小振りですが手頃な値段なので買い求めました。台湾から輸入されたものです。  帰ってからインターネットで調べてみると、台湾のパインアップルの出荷は主に中国だったのですが中国政府が輸入を禁止したので仕向け先が日本となったようです。  小振りですが芯の部分も甘いとのことです。なるほど美味なり!まずは半分食べて、残りは後のお楽しみ。    さて、残ったパインの頭の葉の部分、久々に葉差しで栽培に挑戦してみることにしましょう。  十数年前に何かの園芸の本で紹介されていました。それによると食べられるような実は期待できなくとも花が咲き小さい果実まで成長するので観葉植物として面白いとの記事でした。 この時はフィリピン産のものを栽培しました。  試した所、葉は茂るもののいつまで経っても花は咲きませんでした。冬場に屋内に取り入れていましたが水をやりすぎて根腐れを起こし The End!  今回は前の失敗を教訓として育成してみますが、どうなる事やら・・・期待しています。  これは前回の15年前の作品です。

ペルシャ湾にもタコがいたよ!

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    私がかつて赴任していたサウジアラビアの東部地方のカフジでは休日ともなれば、多くの釣り人たちがアラビア湾(ペルシャ湾)で釣りを楽しんでいます。私もその中の一人。かれこれ18年に及ぶ滞在期間中に外道を含めて90種類以上の魚類を釣ってきました。しかし、タコの姿を見ることはありませんでした。  帰任も間近かな1997年、いつもの通り釣り糸を垂れていました。その日は潮が悪かったのか、まったく魚信がありません。何度もリ-ルを巻きあげましたが、餌もそのまま、おやっ?何か掛かったかな。だが、魚信は消えてしまいました。  捲き上げた仕掛けには得体のしれない軟体動物が絡みついています。  タコだ!12cmくらいの小さなタコです。ここではイカはたくさん獲りましたがタコが掛かってきたのは初めてです。 「こんなものが釣れたよ」私は仲間のアラブ人釣り師に聞きました。「これはアラブではなんという名前なのかい?」  周りの男たちも首をかしげています。  帰り際に魚屋に寄ってきいてみると 「オクトパス」 そりゃ英語だろ。彼もアラビア語ではなんというか知らないようです。  図書館で魚類図鑑を調べましたが、ペルシャ湾(アラビア湾)のタコについては何らの記述は見つかりませんでした。  後日、写真に撮ったそれを知り合いに聞いて回りますと「これは Akhtabot っていうんだよ」ようやくレバノン人が教えてくれました。  そういえば西アフリカのモロッコやモリータニアから日本にタコが沢山輸入されていますね。地中海料理にもタコが食材になっています。だから地中海に面した国のレバノンの彼は知っているのですね。  だが、ここのタコはヒョウモンダコみたいに毒があるんじゃないか? 12cmのチビダコ。食べるのは止めて釣り餌にしました。帰任するまでタコが獲れたのはこれが最初で最後でした。このタコ餌で何が釣れたのか・・・覚えていません。  アラビアのタコはこんなランプの中にいるのかなあ・・・呪文を唱えると出てくるよ。 そりゃ、フェイクニュースだろ!