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今晩は刺身で一杯やっか

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  今日は息子が釣りに出かけています。久々に刺身で一杯飲りたいな。そう期待していると彼から吉報が入りました。「今日はまあまあだった」 「なにが釣れた?」「帰ってから話すよ」 期待に胸を膨らませながら出刃包丁を研ぎます。ついでに柳刃も・・・。  夕方、玄関のチャイムの音。わくわくしながらドアを開けます。重そうに抱えたクーラー、おなじみの魚の匂いがあたりに漂います。氷の中から取り出されたのカツオ、アカムツ、カレイ、オキメバル、それにいつも多くてうんざりするようなサバがきょうは一匹だけ。  さあ~てと。 頭の中ではどれを食卓にのせるかクルクルと考えが交差します。息子は疲れはてソファーで鼾をかいています。  これで3~4日の食事の献立ができたとほくそえみながら魚を捌きます。私が料理の腕をみせましょう。 今日の夕食はカツオのたたきとオキメバルの刺身。 明日はムツの刺身とカレイの煮付けそれに酢締めしたサバのカルパッチョは朝食だな。 明後日はカツオ(なににしようか?迷いますねえ)ムツは手巻き寿司にするか。  余りは冷凍保存かな。ここは妻にまかせましょう。  ともあれ、新鮮な魚がただで?手に入るのはありがたいことです。息子と船頭さんとお魚さん ごっつあんで~す。また包丁を研いでおくよー。   乾杯!

川を渡り終わるまでは、ロバにだって「旦那様」というものだー実際に見たアラブの格言

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  10年あまり前にモロッコを訪れた時、世界遺産のカスバ、アイト・ベン・ハドゥを見物しました。この時は冬場で増水しているマレ川を渡らねばならないのでロバに乗りました。少年たちが盛んに「オレのロバに乗れ」と客引きしています。ロバなんか乗ったことがないので川の中央でずり落ちそうになり、あわててしがみついたものです。ロバはお構いなしに進んでゆくので対岸に着いたときはホットしました。    世界遺産のカスバ アイト・ベン・ハドゥの頂上から撮影        川を渡り終わるまでは、ロバにだって「旦那様」というものだ  アラブの格言どおりロバの背中で何もできないから頼り切るのは当然ですね。 ロバはアラブでは間抜けやのろまの代名詞です。 聞く耳を持たぬヤツと話すくらいならロバと話したほうがましだ という格言もあるほどです。でも必死に背中にしがみついている私はロバのやつにバカにされたのではないでしょうか。 また、川を渡るには ざわめきのある川をわたれ     と言われています。静かな淀んだ川は深みにはまる恐れがあります。川底の小石で飛沫を上げている所は浅くて安全です。 ロバはそこを選んで通って行ったのではないでしょうか。   賢いヤツです。間抜けの汚名返上ですね。 旦那さま!

新幹線を50年見続けている浜松町のしょんべん小僧

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  2014年10月1日 新幹線の開業50周年となりました。延べ56億人が乗車したそうです。この新幹線を毎日始発から終電まで見続けている少年がいます。 それはJR浜松町駅(当時は国鉄)のしょんべん小僧の像です。この像は昭和27年10月、鉄道開通80周年記念に浜松町駅に設置されました。私が小学生のころ毎日の通学の際に電車の窓からよく見かけたものです。京浜東北線、山手線外回り3.4番線ホームの田町寄りの場所、久々に訪れてみました。 しょんべん小僧とは・・・  ベルギーのブリュッセルを訪れた時、しょんべん小僧を見物しました。小さな像なので目立ちませんが観光客たちはゆびさして笑ったり写真を撮っています。 しょんべん小僧の像は世界各地に存在しますが1619年に作られたブリュッセルのそれは元祖として有名ですね。(現在の像はレプリカ)  そこから近いところにはこれと対をなす小便少女の像があるそうです。1985年に作られたといいますが、いかに女性登用の時代とはいえこれはちょっと行きすぎですよ。  最近のニュースでは中国の地下鉄の中で小便小僧が・・・ あっ、これは人間の子供でしたね。      この日は近衛兵の服装でした。  しょんべん小僧の由来は諸説ありますが、その一つとして、1142年ブリュッセルの2歳の幼いゴドフロア二世は木に吊るされたゆりかごに入れられ、そこから敵軍にむかって小便をして(させられました) 勢いよくほとばしり出たのでしょうか、それを見た味方は勇気百倍、敵軍を破ったということです   浜松町のしょんべん小僧は平和と愛のシンボルです。    この像には全国各地から送られたさまざまな衣装が着せられています。当初は裸でしたが、ある寒い日に女の子が毛糸の帽子をかぶせたのが衣装を着せるきっかけとなったと言われています。      9月にはお祭りの装束でした。12月にはサンタ、お正月、入学式、火災予防運動、海水浴など毎月着せ替えが行われます。10月はなにを着ているでしょうか? 先頭車両の窓から見るしょんべん小僧の像を楽しみにしています。     ボク、しんかんせんを、まいにちみているんだぜ!でも、のったことがないな・・・ 暇人のつぶやき ・ 調べたところ、この像は日本には浜松町のほか、兵庫県伊丹市、徳島県三好市、山形県北山形駅にあります。 ・ なんと、世界の...

葉差しの観葉植物サンセペリア(タイガーテール)から芽が出てきた。

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  サンセペリアは縁が黄色で、葉にトラ縞のような斑がある常緑多肉植物の観葉植物です。だからタイガーテール(トラの尾)とも呼ばれています。原産地はアフリカ、学名はリュウケツジュ科・サンセベリア属です。体に良いマイナスイオンが発生するというので、我が家では室内で育てています。 種類は2つ、もう一つは縁に黄色がないものです。もう何年になるのでしょうか、両方とも大きくなりすぎ鉢にぎゅうぎゅう詰めです。   毎年11月から4月一杯は根腐れを防ぐためほとんど水遣りをしないので、春には葉がぐったりして倒れるのがでてきました。それを切り取って一部を葉差しにしました。   昨年(2013年)春、切り取った葉の部分をさらに切リ詰め水差しに入れておいたところ、1ヶ月後には葉の下に根が何本も生えてきました。 そこで鉢に植えたところ7月に入り小さな芽が出てどんどん大きくなってきました。 これはいけるぞ!もう一つ試みました。今度は気温も上がっていたせいか、すぐ芽を出しました。   私がサウジアラビアで仕事をしていた時、社宅の庭にはこのサンセペリア(この時はタイガーテールと呼んでいました)がずらりと植わっていました。 毎年4月ごろにはうすい緑がかった星のような形の花を咲かせていました。残念ながら日本の我が家のそれには花が咲いた事はありませんが・・・。  我が家のサンセペリアはサウジにいた頃の懐かしさもあって数年前に小さな鉢を縁日で買い求めたものです。室内インテリアとして映えるので、もうひとつを100円ショップで買いました。たった10センチの切れ端、大丈夫かな?育つかなと半信半疑でしたが大きくなり株も増えました。  サンセペリアの花言葉は 永久不滅 ですから、葉差しをした分も大きく育つでしょうね。 我が家の室内のマイナスイオンがもっと増えることを期待しています。 暇人のつぶやき・・・・     永久・不滅はジャイアンツの長嶋サンが言った言葉、だが、今回のテーマは タイガー(ス)テール の花言葉ですからねえ・・・・。  2014年4月にはここまで成長しました。 2014年9月 そろそろ鉢を大きくしなくてはなりませんね。

壺を一個割られたら百個割返せ-実際に見たアラブの格言

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   昨年TVのドラマで倍返しという言葉が流行りました。やられたらやり返せ。アラブでは権力を握ったら徹底的に敵対する相手を打ちのめしてしまいます。これはお隣の国々でも見られることですから、国際的な事柄かもしれません。2010年から2012年にかけてアラブ世界に発生した民主化の波で、時の政府の独裁者達は追放されたり殺されたりしています。次の権力者も又、自分に敵対する勢力を一掃しようとするので民衆には受け入れ難いのでしょう。とくに部族間や宗教的な派閥のあいだでは「やられたらやり返せ」と、いつまでたってもきりがありません。  壺を一個割られたら、百個割返せ  ガザをめぐってイスラエルとハマスの対立、シリアやイラク、また、ウクライナの紛争でも和平の合意はすぐ反古にされ出口が見えてきません。このアラブの格言のように百倍返しをするまで収まらないのでしょうか。  私がサウジアラビアにいたころ、仕事の上であるアラブ人に恨まれ悪口を言いふらされたどころか、さんざん嫌がらせを受けた事があります。 まさに徹底的に相手を打ちのめさねば収まらないのでしょう。 幸いにして政府との会議でその男と同席した時、窮地に立った彼を庇った発言をしたことで以後和解出来ました。これは彼に有利な配慮をしたという理由だったからでしょう。 だが、彼に壺をもう50個は割られていたであろう私にとって複雑な気持ちであったのはたしかですが・・・。  利害が対立している中で交渉する場合、一歩さがれば相手は二歩進んできます。  私がアラブの地に赴任した当初は「理をつくして話し合いをすれば、相手は納得してくれるはず」と考えていましたので、これが原因でなんども苦い目にあいました。そのため三歩進んで(かなり理不尽なことを言って)相手に二歩進まれても残りの一歩は次の手段のために残しておきました。まあ、当地ではお互いが突っ張りあって、交渉事は決裂するのが常ですから仕方ありませんでした。 砂漠を渡るキャラバンはその地のラクダを選ぶ  郷に入らば郷に従えを実践したわけです。  東京に帰ってきても、この習慣が染み付いてしまったのか妻からは「あなた人が悪くなったわね」と言われてしまいました。やはり、日本は和をもって貴しとなす、のお国柄ですね。       1991年の湾岸戦争の直後、アメリカ人が言っていたジョークを思い出しました。  ア...