沙漠の泉に住む魚
沙漠の中に湧き出る泉、それは一般にはオアシスと呼ばれている所である。 周りはナツメヤシの林、駱駝に乗って旅をするキャラバンの憩いの場所―というのがわたし達が頭に浮かべるイメージである。 1998年にわたし達が訪れたのはサウジアラビアの東部地方のカフジという町から35kmほど内陸部の沙漠に入った「アイン・アル・アブド」という名の泉だ。「黒い水」あるいは「奴隷の泉」という意味である。 名の由来は、硫黄臭がきつく塩分が濃くて飲めるものではない劣悪な水質だからだ。したがって、泉のまわりにはやしの林もなく到底オアシスとは呼べない所である。
メインロードから沙漠道に入り、道なき道を運転すること2時間、わたしたちの車は目的地に到着した。
5月の砂漠、北風が心地よく汗をぬぐってくれるものの、気温はそろそろ40℃近くになろうとしている。
泉の直径は20メートル位、間歇的に水が盛り上がってくる。
硫黄の臭いが鼻をつく。わたし達は硫化水素を警戒して、風上に移る。
泉の縁には白い塩の層ができている。相当塩分の濃い水に違いない。飲めないわけだ。
突然、水がわき出て水面が盛り上がる。動物の骨が浮き沈みしている。乾きに耐えかね、この悪い水をも飲みに来た羊がはまって溺れてしまったのかも知れない。
広漠な沙漠、その一点から湧き出た水は沙漠を削り、カーキ色の単調な風景を渓谷に変貌させている。
流れ出ている水の底は硫黄酸化物で真っ黒だ。あちらこちらに温泉でお馴染みの湯の花が揺らめいている。岸辺に下りて、口に含んでみた。塩気と苦味が舌を刺す。あわてて吐き出してしまった。なるほど、人々のいう「黒い水」なのだ。
水の流れは2キロ離れた涸河(ワジ)に合流している。雨季の過ぎたこの河はさらに5キロも行くと沙漠に吸い込まれ、今の時期は河というより細長い水たまりである。
彼方には何頭もの駱駝が水を飲みに来ている。付近はあの泉そばには見られないような葦の茂みや潅木が岸辺に広がっている。
おそらく、この涸河の水はあの泉とは別のスウィートな水源からのものだろう。
泉から100メートルも離れた川岸、そこには「めだか」のような小魚が群れている。 サウディ・アラビアの各地のオアシスでは同じような魚が生息している。そこではなつめ椰子の林にかこまれ、泉の水は甘く美味しく魚が生息していてもおかしくない環境だ。 しかし、この何もない隔絶された砂漠の中の硫化物を含んだ劣悪な水質に生きる魚たち、水源からこの距離まで離れていれば硫化物の影響もなくなるのだろうか。
でも、その群れはけしてそこから上流に行こうとはしない。 不思議な魚の知恵である。
しかし、どうしてこの砂漠の中に魚がたどり着いたのか不思議である。 まさか、キャラバンの駱駝の背に揺られてきたわけでもあるまい。
その謎が解けぬまま、わたし達は泉を後にした。
しかし、どうしてこの砂漠の中に魚がたどり着いたのか不思議である。 まさか、キャラバンの駱駝の背に揺られてきたわけでもあるまい。
その謎が解けぬまま、わたし達は泉を後にした。
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