家族4人のグアム観光旅行で300ポンド(約140キロ)のカジキマグロを釣っちゃった!

 フレデリック・フォーサイス著 「帝王=The Emperor」 篠原 慎・訳 を読んだ。図書館の棚から内 容 も見ないで引っ張り出し、借りたのだが「帝王」とは私が求めた歴史上の英雄の話ではなく、カジキマグロのことだとわかり、初めは読み飛ばそうとした。

 しかし、私も釣りに関しては一言ある男だ。どうせ、こんなことはできっこない。釣れっこない、そういう思いで読んでいったが、話にどんどんと引き込まれていった。

 主人公はうだつが上がらない50代の気の弱い銀行員、細君は亭主を見下して一日中ガミガミと小言をいっている。そういう夫婦が休暇でモーリシャスに観光に行く。せっかくのリゾート地でも細君は日ごろの態度を改めないから、主人公も楽しくない。ひょんなことからゲーム・フィッシングに誘われ、ビギナーながら「帝王」と呼び名のある800キロもあるカジキマグロを悪闘苦戦のすえ仕留める。(ここはさすが、フォーサイスならではの描写だ。読んでいて手に汗握る場面の続出だ)

 だが、心優しい彼は釣り上げた「帝王」をリリースする。ホテルのロビーで皆の賞賛を受けた彼は、男 として自信と勇気をとりもどした。そして、結婚後はじめてこの悪妻を怒鳴りつけ別れる決意をする。作品の最後のせりふが秀逸だ。
「でも、マーガトロイド(主人公)さん、銀行のほうはどうするんです?ポンタース・エンド(銀行の支店)のほうは?」
「あたしはどうなるのよ?」
エドナ・マーガトロイド(主人公の妻)は泣き声だった。
彼はこの二つの質問について慎重に考えた。
「銀行なんかクソくらえだ」
と、彼はしばらくして口を開いた。
「ポンタース・エンドがなんだってんだ。それからマダム(妻)、あんたもクソくらえだよ」
                                      篠原 慎氏 訳

 
 そして、彼は銀行を退職し余生をモーリシャスで過ごし、漁師となる決意をする。

 今の企業に勤める限り、私には主人公のようにこんな大口をたたく勇気はない。しかし、この作品は現代のサラリーマンの心の中にくすぶる、もやもやを代弁してくれる。のみならず、フォーサイスの筆力は、いやが上にも読者を主人公と重ねあわせてしまうのである。
実は、これを読んで、わくわくするあまり、その晩はなかなか寝付かれなかった。

 当時、私はさる石油会社の中東にある鉱業所に赴任しており、本書はその日本人図書館で借りたものなのだ。
 毎日の激務でストレスはたまり放題、さいわい、目の前には青いペルシャ湾が広がっている。娯楽の少ない沙漠生活で 休日の「釣り」は私の心の支えでもあった。
 「よーし、次の休暇にはカジキ釣りにいってやるぞ!」
 そう心に決めた。

 1988年8月、 休暇をとって、日本に帰国した私は早速この計画の実行にとりかかった。しかし、せっかくの休暇を自分一人のものだけにしたくはない。そこで、家族とともにグアム島に旅行することとした。釣りのほか、スキューバ・ダイビング、射撃などをプランに加えた。

  おきまりのパック旅行にはがっかりした。これではカジキ釣りなど出来そうもない。現にトラベル会社の係員には「そんなことは出来ません、どうせ釣れっこありませんからね」と鼻先で笑われてしまった。

 捨てる神あれば拾う神あり。グアムではかって私と同じ会社に勤めていたO.BのS氏がいた。紹介状を貰っていたので、早速電話をかけてみた。この旅の目的を告げ、事情を話すうち、S氏は
 
 「そんなことは私にまかせなさい。旅行会社のオプション・プランなんか全部キャンセルしてしまいなさい」
という。早速、知り合いのフィッシングボート会社に船の手配をしてくれた。しかもレンタル料の割引まで交渉してくれた。

 翌日、9時我々家族(妻と中学生のこども2人)は出航した。モータークルーザーはフォーサイスの小説のような古びた船ではなく、かなりしゃれたものである。釣りの装備はその描写にあるとおり一式がそろっており、船尾にはこれも同じハーネスのついた回転いす(ファイティング・チェアー)が甲板に固定されていた。船長は40代、15歳の息子がクルーをつとめている。あとは小説の筋書きどおり、カジキがヒットすれば良いのだ。

  船長は出航時間が遅かったので釣れるかどうか、となぐさめをいっているが時間に遅れたせいではなかろう。観光客風情に釣りあげられるわけがないよ ー と心の中で笑っているのだろう。実際、フォーサイスの小説のなかには、金持ちが毎年やってきてはこのスポーツにごまんと金をつぎこむのだが、マーリン(カジキ)を釣り上げた人はいない・・・と書かれている。また、釣りの本を読んでみても、ベテランでも釣れるのはまれ、とある。

  したがって、この釣りの雰囲気だけを味わえばいいか、とトーンダウンの気分になってくる。宝くじを買ったときの気分になった。ボートは2時間半で漁場に着く。早速4本のロッドが船の両側の固定ソケットに2本ずつ差し込まれる。タックル・ケースにはさまざまなルアーが用意されているが、本日、船長が選んだルアーは50cmもあるビニール製イカベイト。むらさき色で一面にピカピカ光る銀色の装飾がほどこしてある。クルーの少年はそれをラインに次々と装着していった。

 4本のロッドのラインは後甲板の左右のアウトリガーに引っ掛けられ、魚がストライクすれば、はずれるようになっている。(小説の描写のほうがずっと臨場感があるので、そちらを参照されたい)

 はるかかなたの海面では海鳥の大群(アジサシ)がさかんにダイブしている。小魚の群れがいるのだ。そこにはカツオなどもまたその小魚を餌として追って集まるので、これを狙ってマーリン(かじき)も来ているのだ、と船長が説明してくれる。小説のストーリーどおりとなってきたので、わくわくしてくる気分をおさえられない。

 アジサシの群れに船は突っ込んでいった。しばらく直進しターンをする。この操船を何回もくりかえすが、何も起こらない。いささか、あきて、ビールを飲んでいると、一本のアウトリガーがしなり 引っ掛けられてあったラインがはずれた。さらにそのラインのロッドのリールがうなる

 「きたぞ!」

 船長が大声で叫ぶ。途端、ロッドがのけぞるようにふるえて元に戻った。バレタのだ。 悪態をつきながらも船長の眼がかがやいた。私もビールの缶を海にすてた。
 2度目、今度はがっちりとストライクしたようだ。船長がそのロッドを手渡してくれる。
そしてファイティング・チェアーに腰掛けろという。急いでファーネスをつける。
 
 「巻くんだ!巻くんだ!ラインをたるますな!Go!Go!」
うろたえながらも、船長の叱咤にしたがう。 リールが悲鳴をあげ、ラインは一気に吐き出される。

 ポンピングを繰り返しラインを巻く、また、もっていかれる、竿をあおって、また巻きつづける。もう時間の観念はない。

 小説では9時間もファイトしたんだっけな。いつまで続くのだ。必死にこの動作をくりかえす。船長も船を大魚の動きにあわせて、船の前進、後退をくりかえす。

 何時間たったのか、全身に疲労がまわってきた。それでも大魚は姿を見せない。
普通、カジキは何度もジャンプをくりかえすという。しかし、ラインは海底深くもぐってゆく。
私はペルシャ湾では35キロのサメを釣ったことがある。その時もラインは海底に引き込まれたままで、ずるずると上がってきたそれがサメと分かったときガッカリした。その経験から船長に
 「これはサメだよ、一回のジャンプもしないんだから」
と泣き言をいった。
 「バカいうな! ビッグ・マーリンだ ! You must continue ! Go!Go!」
時間はのろのろと経っていった。
 
 そのうち、リールを巻く、引き出されるという動作に一定のリズムがあることに気がついた。それにあわせて、ポンピングを繰り返し頭の中で歌をうたった。Almost heaven West Virginia,
           Blue ridge mountains Shenandoah River~ 


 ジョン・デンバーのTake me home Country Roadsだ リールを巻きながら歌う・
そして、ビイイ~とラインが繰り出され、また初めから歌いなおす。しまいには声をだして歌ってやった。

 突然、頭の上にバケツの海水がかけられた。船長の奴だ。まじめにやれ、と怒ったにちがいない。ビールをくれというと、 駄目だ、マーリンを釣ってからだ、と笑っている。
 なおも時間が経過していった。こちらの疲れを見越してか、船長の前進、後退を繰り返す回数も多くなってきたようだ。
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 画像 突然、軽くなった。ゆるめるな!船長の怒声で気が引き締まる。

 「やっこさん、(Big Guy)はバテてきた。こちらに走ってきたぞ」
リールをぐんぐん巻く。かたずを呑んで、見守っていた家族が歓声をあげる。青黒い巨体がぐうっと海面に姿をみせた。クルーの少年も手をたたいてブラボーと声をあげる船長はなおも慎重だ。ギャフ(手鉤棒)を持ったまま手を出さない。

 途端、巨体は波間に消え、リールがうなる。何度か姿をみせたカジキは今度は白い腹をみせて上がってきた。それでも船長は手を出さない。こちらはもう身体がバラバラに分解しそうだ。両腕の感覚はとうの昔になくなっている。

 「ゆっくりとリールを巻いて!」
船の脇にあがったカジキの口にギャフが差し込まれた。船尾から取り入れる。
大魚は最後の力をふりしぼって、船長に突進してきた。船長の手から血がながれる。彼は大魚の眼の下にナイフでとどめを刺した。
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 我々はビールで乾杯、子供たちはコーラだ。甲板には巨体が横たわっているが入りきれない。胴体の半分と尻尾の部分は船の外に出たままだ。船長はこれはでかい!おそらく300ポンド以上だろうという。

 クルーの少年が船のマストに「マーリン・フラッグ(カジキ旗)」を掲げる。船長の得意げなダミ声が無線に響く。釣れたぞ! と他のボートに連絡しているのだろう。その声を聞きながら私は甲板にへたりみ、ビールを立て続けに渇いた喉に流し込む。
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 船長はまだ、釣りを続けるらしい。ロッドが立てられた。もう、勘弁してくれ!と叫びたいが声も出ない。幸いにして、まもなく、片付けられた。もう、時間がないのだろう。
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 子供たちに釣竿(普通の)が渡された。帰港するあいだ、カツオやシイラを釣るのだろうか。まず、次男の竿に50センチのレインボウ・ラナーがかかる。派手な色だが、うまいという。長男にもメジマグロ、60センチの小さな奴だ。今度は妻の番、というところで、納竿の時間。午後6時、南太平洋の夕日が海面を彩り始めた。

 途中、猛烈なスコール。汗ばんだ体を洗う。午後9時、港に入る。すでに、クレーン車とトラックが待機している。吊り下げられた巨体を見上げ、こんな奴とファイトしたのかといまさらに驚く。

 写真を2枚とったところで、時間がないとせかされ、計量もせずに持ち去られてしまった。獲物は観光客には不要、というのであろうか、いささか憤慨したがあとで聞くところによれば、これは船長のものになるという事であった。それなら、過分なチップをはずまなきゃよかった、とも思ったが。

 急がされたところを推測するに、11時50分のグアム発成田行きに乗せられ、翌日スーパーで大安売りされるのか、とも・・・。 これでは、あれだけファイトしてくれた大魚も浮かばれないとも思う。 しかし、船長が言うには観光客のほとんどが途中で Give Up する中であなたは最後まで戦った。そのガッツには敬服したと硬い握手をしてくれた。獲物はなくなったが、その言葉は私にとって最大のトロフィーとなった。

あとがき:
 休暇を終え中東の勤務地に戻ったが、まだあのすばらしい興奮はさめない。誰彼を掴まえては写真を見せ、自慢話にあけくれ、「またあの話かあ~」と疎んぜられたことを付け加えておく。



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