アラビアで釣ったフグは食いたし命は惜しし
外食もままならないコロナ禍のある朝、新聞を広げるとフグ料理の全面広告が目に飛び込んできました。見事なフグのお造りのネット販売、わ~あ美味そうだ・・・。が、値段を見るととても手が届きそうにもありません。海鮮料理が好きな私はサウジアラビアの東海岸で勤務していたころ、新鮮な魚を得るためによく釣りをしたものです。日本と同じく外道としてよくフグが掛かってきます。
ここに住む独身寮の男達の中でも屈指の食道楽でなるA氏の部屋には3日に一度は皆が集まって、マージャンパイの音で明け暮れています。その楽しみもさることながら皆はA氏の作る夜食の手料理がお目当てです。そのため、A氏は食材集めに奔走することになってしまいました。
学名 :Lagocaphalus
英語 :Grove Fish
アラビア語:Anazah
スワヒリ語:Bunju
体長 :25cm (違う種類ですが50cmの巨大フグもいます。次はそのフグのお話です)
ある日、A氏は巨大なフグを仕留めました。「食うべきか否か・・・?されど命は惜しし・・・」その時の彼の苦悩はハムレットの比ではなかったと言っていました。
でも食べたい。彼は日本人食堂のコックさんに頼む事としました。
「まーそこに置いときなはれ」気安くコックさんは引き受けてくれました。
その晩、雀莊とサロンを兼ねたA氏の部屋は大盛況でした。ドアがノックされジャン仲間のコックさんが手にしているのは大皿にいっぱい菊花盛された見事なフグ刺し紅葉おろしに散らしネギ・・・
その夜のメンバー全員は眼を見張りました。コックさんは「フグなんて簡単や。仕事を片付けてくるよって、先にやっていてくなはれ」そう言ってそそくさと帰って行きました。
フグという言葉を聞いた途端、皆はフグ毒のテトロドドキシンの話題に集中しました。
コックさんフグの免許持っているのかなあ・・・「簡単や」といったのは免許を持っている証拠だと思うよ・・・フグの毒は1時間経ったら舌が痺れて手足が動かなくなるそうだ・・・フグに当たったら土の中に身体を埋けて冷やすと良いと聞いてはいるが、ここの砂漠の砂は暖まっているからなア、全然効果ないだろうなア・・・。誰も箸をとろうとはしません。
侃々諤々の議論の中、ドアが開いて新たなジャン仲間のB氏が入ってきました。
B氏の視線は大皿のフグ刺しに注がれます。「コリャーすげえ。ヒラメかね」なぜ皆が箸を付けていないのか、その理由をマージャンが終わってから食べるのかと誤解してしまいした。
「先に食べてよいかい?」全員が返答にためらいを見せる中で、彼は遠慮がちながらもフグ刺しに紅葉おろしと醤油をつけて口に放り込みました。マージャンを打つ皆の視線はちらりちらりとB氏に向かいます。10分、15分、テトロドドキシンの影響は表れません。図々しくなったB氏の箸はずずずいっとフグ刺しにのめり込みます。「こりゃ、旨んめ―え」彼が漏らした一言で猛毒テトロドドキシンの恐怖は仕掛け人のA氏の頭からすっ飛びました。「美味い! ん、まいーい」
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