頬の蝿をたたくな、ただ痛いだけだー実際に見たアラブの格言

 私が中東で勤務していた時、その国の政府の検査官がやってきました。所定の公式検査が終わり、書類にサインを求めたところ、言を左右にしてやってくれません。何かこちらに不備があったのかと訊ねてもなしのつぶて、困ってしまいました。オフィスに戻り思案にくれていますと、部下のアブドラが聞きつけてやってきました。彼は私に言いました。

 「彼から何か要求されていませんか」

 そこで、ハタと気がつきました。検査官は私に法外な私的要求をしていたのを思い出しました。社宅を無償で貸せというものでしたから、私の権限外だと即座に断ったのです。アブドラは

 「サインがもらえないと仕事にさしつかえる。アラブでは
        
頬の蝿をたたくな、ただ痛いだけだ

といいます。要求どおり厚生課に話してみては」

 つまり、泣く子と地頭には勝てないから、長いものに巻かれよ、面倒な話は他の部署にまかせてしまえ、というのです。しかし私は同意しませんでした。なぜなら、一度、先例を作ってしまうと、喜捨の精神にとんだアラブ社会では、どんどんエスカレートする恐れがあるからで他の部署にも迷惑がおよびます。

 そこで、彼といろいろと対策を練りました。アブドラはしばらく考えていましたが、

 「わかりました。あなたは私の作った料理だけ食べていればよい 任しておいて下さい」

 その後3日間、私はアブドラがどう手を回しているか、いらいらして待っていましたが、週末ぎりぎりの夕方、彼は笑顔でやって来て、サイン入りの書類をデスクの上におきました。

 アブドラはこの出来事を彼のネットワークを使って「検査官が無法な要求を出して公務をおろそかにし、いかに会社に損害を与えているか、この行為がひいては政府にも悪影響を及ぼすか心配である。だから、本件を本省に報告せざるを得ない」と、わざと口コミで彼の耳に入るようにしたのです。

 検査官がアブドラのところにやってきて、「報告書はもう出したのか」と言ってきたそうです。その時、アブドラは多分笑いをこらえながら、まだだ、と言ったのでしょう。検査官殿は政府に告げ口されては困るから、すなわち、「うるさい蝿が頬にとまったので、たたくと痛いだけ」なので、蠅を追っ払うだけにしたのだと思います。

 まったく格言通りですね。それにしても、彼の名誉を傷つけず、見事に紛争を解決したアブドラのアラブ流口コミの手法は見事でした。

 砂漠を渡るキャラバンはその地のらくだを選ぶと言う・・・

アラビアの砂漠はアラビアのらくだで渡れ

 私は思わず当地の格言をつぶやきました。

コメント

このブログの人気の投稿

都内の秋を散策しました

園芸で育ったハーブ類、 料理に役立っています

残っていた戦時中の防空電球