物事はいつもナイフで刻んで置かないと役にたたなくなるー実際に見たアラブの格言  

 ある日、私のオフィスに部下のハルビー〔仮名)がやってきました。ちょうど、毎年の勤務評定の時期でもあったので、私には彼の用件が何であるかピンときました。これは長話になるぞと、まずオフィスのボーイにシャイ〔お茶〕を入れさせ彼にすすめながら要求なるものを聞くことにしました。

 日本の会社では部下が上司に昇給や昇進を面と向かって要求することはまずありません。アラブでは当然の権利として行われています。ハルビーにかかわらず、毎日何人かの部下が面談を求めてきます。(これは西欧社会でも同じだと、商社やメーカーの駐在員が言っていました)

 当時は私の部下は82人、 9カ国の国籍の人々ですからそれぞれの宗教・文化それに物の考え方が違うので、それを尊重しつつ仕事を進めていかねばならないので大変です。 ややもすれば日本的な仕事ぶりを押し付けたくなるのは山々ですが「郷に入らば郷に従え」の格言を心がけてきました。

 アラブ社会ではどんな用件にしろ、まず相手の言い分を聞くことが大切です。アラブでは「聞く耳をもたぬ奴と話すくらいなら、ロバと話すほうがましだ」との格言があります。また、言い分にたいして相手が納得できる回答をしなくてはなりません。日本のように「前向きの姿勢で…」とか「考えときまっさ」など玉虫色の返答、相槌を打つような仕草は避けなくてはなりません。

 まずはアラブ風の雑談が終ったあとで、案の定ハルビーはこの一年間自分がいかに働いたか、自分の家族の窮乏を訴えるなど、あの手この手で昇給を要求します。私も負けじと、お前がいかに仕事をさぼっているかを反論します。説き伏せられて彼はしぶしぶ帰っていきました。 これには日記のメモが重要な役割を果たして来ました。

 (ちなみにこのブログを書くに当たっても役立っています)

 しかし、翌日も翌々日もこの愛すべき髯づらのハルビー氏は決まった時間に私のオフィスに訪れてきます。いささか腹をたてた私は彼にこう言いました。

 「一体、君は何で俺の仕事の邪魔をしに来るのか、いいかげんにしたまえ、私の返事は変わらない」

 すると彼は両手を広げていかにもがっかりとした表情を作り、

 「自分のやった仕事ぶりを上司のあなたに報告しにくるのは自分の義務であり、また、これを聞くのはあなたの義務じゃないですか。アラブには
ものごとはいつもナイフで刻んでおかないと役に立たなくなる 
という言葉があります]

 つまり、いつもナイフで新鮮な切り口を見せておくように、何回も念を押しておかないと忘れられてしまうからと言うのです。

 勤務評定の提出は終わりました。勿論、彼に対する評価はそれなりの点をつけました。それからのハルビーは相変わらずさぼってばかりいます。そこで私は何度も彼を呼んでは小言を云い続けました。すると、彼はなんで俺だけを叱るのか、皆も仕事していないじゃないか!と怒りました。

 そこで私は彼におとらずアラブ風に両手をいっぱい広げて言いました。

 「いいかい、ハルビー、他人の事をとやかく言うのは君の仕事ではない、部下に注意をあたえるのは私の仕事の義務だ、アラブの格言にいわく「ものごとはいつもナイフで刻んで置かないと役に立たなくなる」だから、毎日のように君に言っておくのだよ」

 彼は苦笑して帰っていきました。

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