神の言葉と砂嵐には逆らえないー実際に見たアラブの格言
私が仕事で暮らしていたサウディアラビアでは砂嵐が激しい季節はは5月から7月ごろです。日本でも中国の奥地から飛来する黄砂は年々激しくなるようです。 今年も春分の日には各地で視界の悪さや、洗濯物や車のボンネットに積もった黄砂で苦情を言う人の映像がテレビで流されていました。私が経験した砂嵐に較べれば、これくらいはたいしたこと無いと思ってしまいますが、実は、赴任した当時はちょっとした砂嵐でも悩まされたものでした。そのうちに途轍もない砂嵐にあって少々のことは諦めてしまいましたが。
さすがのアラブ人も砂嵐には勝てないようです。彼らが頭にかぶるトウブと呼ばれる赤白段だら模様の布とゴトラという黒いワッパ、またゆったりとしたディスダーシャという民族衣装はそれに耐えうるように考えられているのでしょうね。アラブの格言で
「神の言葉と砂嵐には逆らえない」
と言います。
日本の「泣く子と地頭には勝てない」と同じです。でもアラブのほうが人間がコントロールできない大自然の現象だからスケールが大きいですよ。アイスランドの火山噴火の粉塵、こちらも凄いですねえ。空港閉鎖のみならず、世界経済にも影響を及ぼしています。また大規模な噴火が起これば何ヶ月、いや何年続くか判らないとのこと、この格言は世界的なものとなりました。
実際、私も砂漠の中で猛烈な突風とともにやってきた砂嵐で、2時間以上も車の中に閉じ込められた経験があります。 周囲がまっ茶色の世界、光が遮られだんだんと薄暗くなりそのうちに車の中まで細かい砂が入ってきます。心細いのなんのって砂嵐が去って外の太陽を見た時、それに向かって思わずかしわ手を打ちました。やはり、日本人ですねえ。
私の家族がここに住むようになって半月も経たないうちに、砂嵐の洗礼を受けました。
夜中に、くしゃみをして眼が覚めました。妻の「いやだ、なんかざらざらしている」という声で、ライトを点けると室内は普段の蛍光灯の白色ではなく目の前がモア~とした薄いピンク色の世界になっていました。ベッドの毛布にもうっすらと砂塵が積もっています。寝ている子供たちの顔も砂だらけでした。すぐ拭いてやりましたけれども・・・。
さあ、朝がたいへんです。部屋全体にも砂塵が積もっています。妻が掃除を終えるまで3日間もかかってしまったと記憶しています。(その後何度も来る砂嵐にあきらめたのか、手を抜いていましたが)綺麗好きの彼女にとって、苦痛だったと思います。
金庫に入れた時計の中まで砂が入っていた。 これは当時の日本人の間で流行ったジョークです。
砂嵐の去った砂漠にはその度ごとに、大自然の美しい造詣、風紋が出現します。
(リアド地方の砂漠)
ところで、砂嵐のことを、我々日本人はシャマールと言っていました。アラブ人との会話でこの言葉を使うと意味が通ぜず怪訝な顔をする人もいます。 どうも、最初ここに来た日本人が砂嵐にあい、これをアラビア語でなんというのかと吹いてくる風の方向を指差したので、そのアラブの人が「シャマール(北)だ」と答えたのが始まりかと思います。実際、この地方では砂嵐はいつでも北風なのです。 (南風は強い湿気や霧を伴ってきます)
じゃあ、実際に砂嵐は何と言うのかきいたところ、アラブ人はラムリーヤ(汚れ)とかハムシーン(50)と言っていました。 春先から50日間砂嵐のシーズンなのでそう言うのだそうです。
昔、オーストラリアで白人の移民が始まった頃、見たことも無い動物がピョンピョン跳ねているので、「これは何と言う動物だ」 と問うたところ、原住民は「カンガルー(わからない)」と答えたのでそれが名前となってしまった・・・という故事と同じですね。
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