海の貴婦人「海王丸〕」―帆船へのあこがれ
私の部屋に一枚の帆船の写真が飾られています。この写真はもともと私の父の書斎にあったものです。私が幼い頃から見続けているこの帆船は父が逓信省(今の国土交通省)の技官であった時に新造されたもので、試験航海の写真が関係者に配布されたようです。その時に父が乗船したかどうかは聞いていませんが、この美しい帆船、海王丸の姿は今に至るまで私の眼を楽しませてくれます。
海王丸は1930年(昭和5年)に建造された4本マストバーク型帆船です。大型練習船として多くの若者を「海の男」に育て上げました。その優雅な姿は海の貴婦人と呼ばれ、姉妹船の日本丸とともに戦後も人々に親しまれてきました。
「海王丸」1930年(昭和5年)2月14日進水。2238.40 トン 全長:97.95メートル メインマストの高さ:46メートル 帆数:29枚。 1989年(平成元年)9月16日現役を引退し、現在富山県射水市の海王丸パークで一般公開されています。
私の勤めていた会社の同僚のK氏は訓練生として海王丸で遠洋航海に向かう時、見送りにきていた女学生を見初めて結婚したと照れながら言っていました。 こんな身近なところにも私と海王丸との接点があったのです。
私の大好きな海と船、仕事も長いあいだ海務関係に従事していました。そこで私が将来、家を建てる時には自分の部屋は船室風に仕上げようと思い立ちました。このアイディアは家族でノルウェイを旅行した時の事です。オスロの博物館でアムンゼンの探検船の内部が すべて、チーク材でまとめられており、そのシンプルなデザインをすっかり気に入ってしまったからです。
いよいよ、私の生涯一度の大事業である家の建て替えが始まりました。設計士のS氏と打ち合わせの時、私はこのアイディアを口に出しました。
机の上に広げられた設計図の間取りは生活に必要な空間だけが書かれています。やはり夢か、と諦めかけていた時、まあ、造ってみましょう」 S氏のその一言で私の部屋である船のキャビンが追加されました。たった3畳半、船室ならば狭いのはあたりまえです。
チーク材も手頃な価格で手に入りました。船の窓、照明器具は横浜中を歩き回って手に入れました。
キャビンのなかには折りたたみのベッドのほか、小さなギャリー(調理場)を作りミニ冷蔵庫も入れました。とうとう望み通りの空間を手に入れることが出来たのです。
キャビンの壁にかけた古いセピア色の帆船の写真、若者達をマリーン・マンとして送り出した美しい帆船「海王丸」を父はこよなく愛していたに違いません。家には当時建造された客船や貨物船の写真も数多くあったのですが、今は残ってっていません。多分、太平洋戦争で沈没してしまったからと父が処分してしまったのでしょう。
いま、キャビンに寝ころがって 順風満帆の海王丸の写真を眺めていると自分が船長になった気分がしてきます。部屋のなかに備え付けの小さなギャリー(調理場)のミニ冷蔵庫から冷えたビールを出します。
「ベーコンでも焼くか」
自分だけの贅沢な空間、広い海に船出をする夢でも見ることにしましょう。
こちらは横浜みなとみらいのマリタイムミュージアムに係留されている「日本丸」姉妹船の海王丸とともに練習船として皆に親しまれてきました。横浜(桜木町)にきたときはかならず足をとめ、しばし美しい船体を眺めるのを常としています。
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