投稿

4月, 2008の投稿を表示しています

行き過ぎた文明―人間は単なる受信機になってしまうのか

イメージ
   世の中を見渡すとあれもこれも便利になりましたね。19世紀フランスの作家ジュール・ベルヌの小説の海底2万マイルや月世界旅行、当時、夢物語であった奇想天外の話は今やほとんど実現しているのではないでしょうか。 しかし、人間の本性そのものはどうでしょうか、むしろ退化の一歩を辿っているように思います。 なにもかも機械が指示し、出来合いのものを人間に与えてしまうから現代の人間は自己判断も五感も失われてゆくようです。 目が悪くなる、 鼻が悪くなる、耳が悪くなる、暑さ寒さ、痛みを感じなくなる。味が分らなくなる。ちょいと、事例を挙げてみましょう。  創造性の欠如 ・デジタル時計で時が瞬時にわかってしまう。考えることをしないですむ。アナログの時計のように長針短針を見て時間を読み取ることができず、脳の活性が失われる。 ・家庭用品は壊れたらもう自分では直せない。新しく買わざるを得ない。   ・文章はパソコンで入力、漢字が書けない、計算も電卓で。だから暗算ができない。 ・カーナビの使いすぎで方向音痴、自分の努力で目的地に着けない。 ・ケータイがないと仲間と付き合ってもらえない。孤独感に襲われ一人で生活できない。 ・ケータイがないと待ち合わせの場所で人に会えない。 ・スイカを使うから運賃が幾らかわからない。それに、くど過ぎる車内アナウンス。案内なしで は行き先の駅に行き着かない。 ・子供たちは焚き火の仕方を知らない。 ナイフが使えずえんぴつを削れない。 ・インターネットで買い物。自分で手にとって良し悪しを品定めできない。 味覚の欠如 ・チンして、はい出来上がり! 料理ができないからコンビニ弁当。味はお仕着せだから、自分が好きな味覚がどうなのかわからない。グルメ番組に毒され、他人の味が一番と思い込む。   聴覚の欠如 ・若者のヘッドホンのカシャカシャ音。宣伝、選挙などの大音量のスピーカー。上空のヘリ、車の音。騒音オバサン etc. 雑音の巷。 自分の生活の音を聞き分けられない。 嗅覚の欠如 ・トイレに何種類ものにおい消し。デパチカの食料品売り場の混ぜ合わさった匂い。道端の排気ガスと下水の匂い。もう嗅ぎ分けることが麻痺。 感覚の欠如 ・季節が感じられなくなった冷暖房施設の完備。暑すぎたり寒すぎる車内やデパート、オフィスの中。  ・暑いから(寒いから)と100メートル先のスーパーに車なしでは徒

ザビエルの城ースペイン・バスクの旅

イメージ
  スペインのバスク地方、ここにフランシスコ・ザビエルが生まれた城がある。 ここはスペイン旅行で私がどうしても訪れたかった場所である。今ではジェットでひとっ飛びの旅行ではあるが、交通機関の発達していない16世紀にザビエルがどのようにして遠い日本の鹿児島にたどり着いたのか、実感したかったからである。 わたし達夫婦のバスクの旅とともに、ザビエルの航跡を追ってみる事にする。  マドリッドから空路ビルバオへ。  空港でレンタカーを借りる。 まず最初の目的地のヴィトリアに着く。  今日はここから約12kmほどのアルゴマニスの町のパラドールに泊まる。  パラドールは中世の面影を残したホテル、昔のバスクの豪族の館を改造したものだ。 一晩たっぷりと中世のスペインを満喫した。 翌日、サン・フェルミン祭(牛追い祭り)で有名なパンプローナにむかう。道路は思ったより狭い。この田舎道にはのどかな田園風景が続く。春のスペイン、太陽の光が降り注ぐ。道端に車をとめ、しばし、休憩。 深呼吸。 澄んだ空気、いい気持ちだ。 ザビエル城  パンプローナからおよそ100キロ、目指すザビエル城が見えてきた。ヨーロッパでよく見られる重厚な城である。  スペイン読みではハビエルのザビエル城、丘の上に建つその城の周囲には広大なバスクの丘陵が広がっている。  城の造りは思ったより素朴で荒々しい。 案内人のスペイン語が天井に反響する。  城の中にはザビエルが毎日十字架の前に佇みイエスに祈りをささげた小聖堂がある。彼は1525年にパリに旅立ったあと、二度とここに帰ることはなかったのだ。 ザビエル城  バスク地方はいまでもスペインでは特殊な環境にある。ETAという独立革命組織がある。道々で出会うベレー帽をかぶった男たち。一見、無愛想で老いも若きも何か戦闘的な雰囲気があるのは私の気のせいだろうか。 バスクは昔から中央政府とは一線を画し、戦乱が絶えなかった。パンプローナはフランスとの交易の拠点であった。当時、この地を巡っ て、フランスとそれに組したナバラ王国とスペインが争っていた。 こういう時代の1506年、フランシスコ・ザビエルは生を受けた。 フランシスコ・ザビエルの肖像画    彼が洗礼を受けた城内の聖堂 故郷を離れてパリへ  スペインの国王カルロス一世がこの地を併合して、ようやく戦乱がおさまった1525年、青年ザビエルは

ところ変われば意味が違ってくる指サイン

  私たちはよく指を使ってそのポーズで相手に意を伝えます。アメリカ人の親指を立てるサム・アップはO.Kの合図, 私のブログ名のハングルースは「気楽にいこうや」、ハワイでは「アロハ~」の挨拶です。テレビのCMでもやっていますね。しかし、世界ではこれらの指サインは、私達が思っている意味とは違う場合があります。侮辱されたと誤解をまねく事にもなりかねません。外国旅行では気をつけねばなりませんネ。  各国でこの指のサインがどんな意味をもっているのか、私の経験もまじえ調べてみました。 Vサイン:  人差し指と中指をたてるVサイン、英国のチャーチル元首相が第二次大戦の勝利で行ったポーズです。 今では万国共通です。 世界の若者たちが勝利を祝ってVサインをする映像がTVに流れています。 しかし、日本では「イェ~イ、ピースピース」 ??? なにか勘違いしていませんか? VサインはVictoryですから、けして、平和を意味するものではないのですが・・・。子供たちまでが盛んにVポーズをきめて写真に写っています。 一体、誰と喧嘩して勝利したのでしょうか。 にぎにぎ:    昔、淀川長治さんがテレビでやっていた「ハイ、サヨナラ、サヨナラ!」のニギニギのしぐさは、アメリカのコネチカット州では「朝の挨拶」なのです。 爽やかな朝、散歩をしている人たちがすれちがう際、「ハ~イ!」とニギニギしていました。 舌打ちしながら、人差し指を横に振る:    中東では買い物で 「まけろ!」 と値切る時や 「そんなことをするな」 とたしなめる時によくこの動作をします。中東に長く暮らしていた知人が日本でバスの中で靴を踏まれ、そうしたところ胸倉をつかまれたそうです。 エンガチョ・鍵閉めた!:    イヌの糞を踏んだ子は皆に囃し立てられます。一斉に「エンガチョ・鍵閉めた!」と親指と人差し指で丸を作ります。 エンガチョにされた子供はエンガチョの鍵を解く「人差し指と中指を絡ませた」おまじないをしたあと、「エンガチョくっ付けた!」と囃し立てた子供の背中を叩きます。 叩かれた子は指のおまじないをして、別の子を追いかける。私もそうされないように必死で逃げたものです。今はそんな遊びはありませんね。子供たちの指はゲーム機に占領されているようです。 親指、中指、小指を立てると・・・:  台湾では 親指を立てれば「一番良いとか、大きい」