ご用心! あなたのパスポートは大丈夫?
「まあ、可愛い! どこから来たの、いくつなの?」 車を降りた二人の子供たちににこやかに近寄ってきたのは、シックなモードで身を包んだ上品なマダムである。
ヨーロッパをドライブ旅行中、パリに着いたその町かど。そんなマダムの言葉に、私の友人は夫婦そろって車を降りた。子供たちに頬摺りしてくれるマダム。親として嬉しい光景である。言葉をかわすのも礼儀であろう。これが、甘い罠であることは考えもしなかった。数分後、手を振って別れの挨拶をかわし脇の車に戻った。 やられた! 車の中の荷物は一切合財消えていた。パスポートも、だ。
外国旅行中、パスポートは自分の身分を示すもの、いわばその人の分身である。しかし、楽しい旅行中、ともすればパスポートは持参したガイドブックよりも粗末に扱われていないだろうか。出入国やホテルのチェックイン(あるいは免税店)の煩わしさの時だけでしか用をたさないのだから・・・。
まずは、私自身の経験談から、始めたいと思う。
エジプトを旅行中のことである。 海外勤務が長くなった私のパスポートは合冊をかさね、分厚くなっていた。妻も同様である。おまけに、子供たちの分も妻のパスポートから分冊したばかりで、これを全部持ち歩くにはポケットには入りきれない、バッグが必要である。
アスワンのホテルで子供たちを寝かしつけたあと、友人夫妻と買い物に出かけることとなった。当時、パスポートはこんな時でもかならず持ち歩くのが常であった。
買い物をすませ、荷物をかかえナイル河のほとりに出た。川面を煌々と月が照らしている。われわれはベンチに座って、しばしその幻想的なエジプトの風景に魅せられていた。
さて、ホテルに戻ろうと立ち上がった時、「ない!」妻のハンドバッグがなくなっているのに気がついた。ショルダー型でしっかりと肩にかけていたのに、見事、バッグの丈夫なバンドが切られそれだけ肩に残っていた。泥棒はうしろからベンチに忍び寄り盗んだのだ。われわれはその気配すら感じなかった。
やられた!
大変だ! 中には、私と妻のパスポートが・・・、 と目の前が暗くなるようなショックを受けた。赴任地の国にもどるには、一度日本に戻りパスポートを再発行してもらい、その国の在日大使館で再び就労Visaを取り直さねばならない。そのための航空チケットのお金をどう工面すればよいのか、Visaの取得に多分一ヶ月はかかるだろう。その間の会社の仕事はどうなるのか。これからカイロにもどって、日本大使館に行き・・・もう、旅行どころではない。
ともかくも警察署に行ったが埒が明かない。ここでは盗られた方が悪いのだ。
何度もため息をつきながら、ホテルの部屋に戻った。子供たちはすやすや眠っている。
と、ベッドの上には置いていった子供たちのパスポートに混じって、私たちの分も転がっているではないか・・・・。持ち運びの不便な合冊パスポート、無意識のうちに置き忘れたようだ。
少々の現金 (ここの人には大金だが) とアクセサリーの類はなくなったが、貴重なパスポートは無事だった。助かった! それからのエジプト旅行を無事続けられたのは言うまでもない。
Strong>パスポートの変遷 左から:
渡航一回限りの旅券(1967)、数次旅券(1971)、同(1987)、同(1992) 同(1997)
下は復帰前の沖縄渡航の身分証明書(1971)、日本の中の旅行でも、ちゃんと出入国のスタンプが押された。
注):年号は発行日 外国に長く滞在すると前の記録が必要となってくるので、5年の更新時には合冊される。
これを教訓に、パスポートを持ち歩く時は場所が変れば、(レストランを出た時、タクシーや電車を降りた時、チケットや買い物を済ませた時などは)かならずポケットのそれを確認する癖がついた。また、必要のない時はかならずコピーを持ち歩くようにした。 だが、そうはしても・・・、つい失敗してしまう。
「パスポートがなくなった!」 朝、旅行先のホテルで大騒ぎになった。
翌日の出発にあわてないように、寝る前にはかならずパスポートをセーフティボックスから出して、ベッドのスタンドの脇か、机の上に置くこととしている。 しかし、それが無いのだ。トランクの中を全部出して調べてもそこにも見つからない。机の中、ベッドのシーツの下、可能性のあるところをすべて探したがやはり無い。もう一度原点にもどって探し直す。
出発の時間が迫ってくる。 あせる気持を抑えきれなくなってきた。
「あった~アアアア」 なんと、ホテルの分厚いインフォメーションのファイル(かならずTVの脇の机の上に備わっている)の下に隠れていたのである。ホッ! ―お騒がせ様でしたー
パスポートはあなたの分身である。 くれぐれも目を離さないように!
「パスポートは狙われている」 とくに日本人のものは高額で取り引きされているようだ。その筋の者たちは、日本人旅行者と見るとカモにしようと虎視眈々狙っているのである。次の話はせっかくの旅行が台無しにならないよう、私の友人たちが恥をしのんで語ってくれた盗難の事例である。
パリの地下鉄
2月、彼は家族とともにフランスを旅行中であった。とくにパリの地下鉄は危ないと聞いていたので、家族全員のパスポートをポシェットに入れセーターの下の腰にしっかりとつけた。その上にはジャケット、これもボタンをかけた。寒いパリの冬、その上に着ていたコートのジッパーもまた首まで閉めたという。
地下鉄の車輌の入り口近くに家族とともに立っていた。すると、若い男女が抱き合いながら何度も身体を摺り寄せてきた。当然これを避けるため隣の紳士と向き合う形になった。
やられた! セーターをまくられ、ポシェットのジッパー、ジャケットのボタン、コートのジッパーも器用に開けられて中のパスポートと現金が消えていた。
こんなに用心していたのに・・・。彼はがっくりしていた。
ローマの駅
彼は切符を買うために、トランクは体の左側にぴったりと寄せ、上着から財布を出そうと用心のため、持っていたアタッシェケースを両足でしっかりと挟んだ。 チケットを受け取って足元を見た。
やられた! パスポートが入ったアタッシェケースはいつのまにやら新聞紙の束に化けていた。
香港の街角
道路を渡ろうとしたときバイクが突っ込んできた。
「あぶない!」彼を数人の男が抱きかかえてくれた。 多謝、お礼を言ってからしばらくしてポケットをさぐると、
やられた! パスポートと財布がなくなっていた。
成田空港-出発
さあ、出発だ。荷物をカートにのせ、貴重品を入れたバッグをその上に載せた。人ごみの中、カウンターに急いだ。 途中、手荷物検査のため並んだ。
カートからトランクを降ろす。続いて別の荷物、そして最期に・・・・
やられた! パスポート、チケット、現金を入れたバッグがない。
幸いにして、パスポートとチケットはすぐに空港内のトイレのゴミ箱から発見され、出発便に間に合ったものの、むしゃくしゃした気は治まらない。
成田空港―帰国
長時間のジェットの旅、ようやく帰ってきた。疲れたな。彼はそう思いつつ税関をすぎ、バスのチケットを買うとき便利なように、カートの上にパスポートと財布を入れたバッグを置いた。 人ごみをすり抜けチケット売り場の前まで来た。
やられた! いつのまにか、カートの上のバッグは消えていた。
翌日、パスポートがトイレのゴミ箱から見つかったと空港から連絡があった。しかし、彼の楽しい旅行の思い出は吹っ飛んだ。
もう一度言います。 「パスポートはあなたの分身です」
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