アラビアの結婚披露宴

 「ミスター、明日息子の結婚式ですが、出席してくれますか?」

 「えっ、たしか先月オマエさんの息子は結婚したはずだが」
 「ええ、今度は八番目のヤツです」
 アラブ人は大家族ですから、毎月のようにお祝い事があってもおかしくないのです。
現にこの男は11人の子供がいます。カミさんは2人。

画像 これだけの家族をかかえているから、今の彼の月給ではさぞ生活は苦しかろう、とは思います。 だが、彼をチーフに家族が皆で協力し合って暮らしていますし、「今日はお宅で、明日は私で」とアラブの格言どおり近隣の住民とも相互に助けあっています。だから、贅沢ができないながらも満ち足りた生活を送っているのでしょう。

 勿論、オイルマネーを潤沢にかかえたこの国の政府からの補助金や、いたりつくせりの福祉政策で生活費の負担が、軽減されていることもたしかですが。

 東京の都会砂漠の中、隣は誰が住んでいるのかわからない我々の生活はなんたる孤独なことよ、と考えさせられる一場面ですねえ。

 前置きが長くなりました、話を元に戻します。

 さて、翌日の晩の8時過ぎ、お祈り(アザーン)の時間が終わったころを見計らって招待を受けた日本人3人は一応ネクタイなどしめて、町の郊外の沙漠に設えられたテントの式場に向います。 
 
 車を走らせていくと、彼方の沙漠にイルミネーションが輝いています。ディーゼル発電機の音も聞こえます。まわりはもう招待客の車が並んでいます。まだ宵の口、これからどれくらいの人数が集まるのでしょうか。といっても、広い砂漠の中、駐車場に困るわけはありませんがネ。

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 イルミネーションの下、500人は収容できるくらいの広さにじゅうたんが沙漠に敷き詰められ、お客は思い思いに座って、シャイ(お茶)やデーツ(なつめやしの実)を振舞われ、水たばこをくゆらせながら談笑しています。 当地は戒律の厳しいイスラームの国、アルコール類は一切ありません。

 異教徒はわれわれ3人だけでしょうか、ちょいと心細くなり身を小さくしていましたが、隣の人に「アッサラーム アレイクム」と挨拶したところ、「Good Evening!」  アッ、英語が通じるんだ。ほっとしましたよ。そのうちに顔見知りのアラブの連中も来たので、気が楽になりわが身の態度も大きくなってきたのは、否めませんが。

 新郎が姿をあらわしました。アラブのお客は新郎と脇の両家の長老と肩をだきあって、両頬にキスをし、お祝いの言葉を交わします。その時間の長いこと・・・。 中々、こちらに順番が回ってきません。ようやく、われわれも握手をして祝意を述べます。

 この間、新婦とご婦人がたは、ここから大分はなれた別のテントにいます。風に乗ってキャアキャアと楽しげな声が聞こえてきます。後で聞くところによれば、歌あり、踊りありで大騒ぎだったとのことです。 勿論、その中では皆さんベールや、普段外で身にまとっている黒い民族衣装(アバーヤ)を脱ぎ、色とりどりのファッションや宝石で身を飾っているのでしょう。

 アラブにも結婚式のイベント屋さんがいるのです。 われわれがおしゃべりをしている間も、なにやら、太鼓やアラブの半月刀などとりそろえ、スピーカーのテストをしています。

 そのうちに、お香がまわってきて、皆、衣服や髪に焚きこめます。こういうお祝いでは、相当高価なビャクダンなどが使われているのでしょうか、辺りはえもいわれぬふくよかな香りにつつまれました。

 テントの中央では両家の一族の男が向かい合って2列に並び、結婚を祝う踊りと歌が始まります。その列は何回も互いに寄せたり引いたり、そのうち、中にいた新郎新婦の父親同士がしっかりだきあって、頬にキスをします。そして、新郎にも。ここで両家はしっかりとした絆でむすばれました。

画像 結婚式は最高潮に達しました。イベント屋さんの司会で太鼓の演奏がはじまり、ひとびとは棒や半月刀を振りかざし踊り始めます。私も請われるまま、踊りの輪に加わり日本流の剣舞を披露しました。


 誰かが、ピストルを空にむけ発砲しました。それに呼応して何人もがぶっ放し始めました。それも、天に向け垂直ですから、弾が頭に落ちてくるのではないかと思わず首をすくめてしまいました。

 後日の話として、ある結婚式では湾岸戦の際、イラク軍が捨てていったカラシニコフ自動銃を空にむかって乱射したそうで、さすがにこの時はパトカーがとんできたそうです。

 夜中の12時。新郎はいつのまにか居なくなりました。花嫁のテントに行ったようです。むこうのテントの声も一段と高くなっています。

 披露宴はまだまだ続きます。 踊りの輪が消え、金属の大皿に盛られたカルーフ(子ひつじの丸焼き)が次々に運び込まれてきます。 その皿のまわりを8人が囲んで座り、いよいよ晩餐です。

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 われわれも、輪になって食べ始めます。イスラームの掟どおり、けっして不浄な左手は使ってはなりません。中央にドカリと置かれた子ひつじの肉を右手でむしりとり、大皿一杯に敷き詰められたサフランやカルダモンを炊き込めた米と一緒に手づかみで食べるその味は、大層美味しいものです。

画像「ファッダル!(どうぞ!)」の掛け声とともに、向かいから肉の塊が目の前に飛んできました。 胃袋の小さい日本人がもう満腹してしまったので、もっと食べろとの催促です。仕方ないですネ、いただきます。

 さすが、お腹が一杯です。 食事が終りカルダモンの香り豊かなアラビック・コーヒーを飲んだ後は、もう何時おいとましても失礼にあたりません。 われわれ日本人グループは、ひつじの油でギトギトになった右手を洗うため、テントの脇の給水車に向かいました。

 何人かがもう手を洗っています。 口の中も石鹸でゆすぎ、これで羊の匂いが消えます。 私は普通の洗濯石鹸を探しましたが見当たりません。 キャミイなどの香料の効いた高級化粧石鹸ばかりです。 これだと、香料の不味さがいつまでも口に残るので普通の石鹸が良いのですが、お目出度い席なので主催者側は気を利かせたのでしょう。そばで待ち構えていた接客係りがこれでもか!と、スプレーで香水をふりかけます。 こりゃ参ったな・・・。

 午前1時、香水がプンプンに匂う帰りの車の中で、これから、もう一度風呂に入り、丹念に歯を磨いた上、大田胃酸を飲んでからでなければ到底寝られないな、とため息が出ました。

 沙漠の披露宴は夜明けまで続くことでしょう。

                   サウジアラビアにて


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