絵に添えられた森繁久彌氏の叙情詩 ーある画家と森繁氏の友情の記録ー

 

 今、私の手元に一冊の画集があります。洋画家の岡田旭峰の絵画活動の作品集です。ページをめくってみると、画伯の絵には森繁久彌氏の詩が添えられています。 私はその画集の詩を眼で追いながら、自宅の壁にかかっている岡田画伯の一枚の絵を見入っています。


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     夜明けのシンフォニー(Symphony Of Dawn)6F(40.9 x 31.8)                  
                   
           ふと見つけたる雲雀の巣
              か細き卵てのひらに
                小さき命その中に動きいたり
                    静もれる湖に親鳥の声しきりなり
                        (森繁久彌)

 

 ヨーロッパの森の深いたたずまい、メルヘンの世界の広がり。絵というよりもはや、壁に作られた次元を超えた窓。 風とせせらぎは 私を一年中楽しませてくれるのです。

 小さな絵ですが、「窓」といっても過言ではないでしょう。毎朝、私の家の本物の窓に飛来するすずめのさえずりと相俟って、静まり返った絵の中から鳥の声すらも聞こえてくるような気がします。

 「久彌君 君の詩がほしいのだよ」
 1985年、岡田画伯がこの画集を出すにあたって、こう語ったと森繁氏は書かれています。
森繁氏は勝手な粗詩を書き連ねたと、謙遜しながらも 「絵は心が見えるーものだが、その美しい壮挙に私もそばに寄って参画させていただくのだ」 と、彼の素晴らしい叙情詩を画集の中の20数枚の絵に添えておられます。

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いつかある日( One Day)4F 
    (33.4 x 24.3)
   

わが恋は終わりぬと
    海にむかって駆けゆけり
     そのとき海のささやきを聞く
      その恋は終わらずと
       砂浜にかけ戻りぬ

       (森繁久彌)
 

 


 私が岡田画伯のご自宅を訪れた時のことでした。アトリエの中には今描き上げたばかりのこの絵がイーゼルに置かれていました。まだ絵の具の匂いがプンプンとするこの作品を見て、私はこの絵の場所は辻堂海岸でしょう。と問いかけました。以前、画伯が居を構えていた神奈川県の辻堂を思い浮かべたからです。

  画伯は「イメージだよ、キャンバスに向かうとそれが大きくふくらんで来るんだよ」と笑いながら答えていました。画伯が描くさまざまな絵について森繁氏も次のように語っています。

  私はある日、画伯に「これは何処の写生でしょうか、一度行ってみたいとおもいますが」と問うたら、「これはすべて私のイマジネーションです。云うなれば私の願望でしょうか」とお人柄のにじむような顔でニッコリ笑われた―森繁久彌
           (岡田旭峰の作風と詩情:画集より)


 この絵は今、どなたの愛蔵品となっているか分かりませんが、出来ればもう一度、森繁氏の詩を口ずさみながら拝見したいものです。


 画伯は旭峰の名の通り、好んで朝焼けの富士山を描き続けました。

 日の出と夕暮れ、その美しい瞬間の光と影との絶妙のコントラストを描写する画家。諸外国にも、彼のような自然の平和をとらえる画家はそういないー。画集の冒頭で元駐日アメリカ大使 M.マンスフィールド氏は述べられています。アメリカ大使館には「富士山」がコレクションとして飾られているとのことです。
 彼の画風にほれ込んだ、俳優のジョージ・チャキリス氏やリチャード・ウィドマーク氏も数点の作品を所蔵していると画伯から聞きました。

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      旭日(Power And Glory)80F(145x97)

 岡田旭峰、1914年東京生まれ。1960年東京国際文化会館の個展をかわきりに、アメリカのミシガン、フロリダ、サンフランシスコ、ニューヨーク各地で個展。
1974年 第3回精鋭選抜展入選、その後、国内で毎年個展を開くなど活躍。 
2000年4月 歿。

 今、岡田旭峰画伯は生前から愛してやまなかった富士の山にいだかれ、眠っています。富士霊園の本館のロビーには 彼の描いた大きな富士の旭峰が飾られ、訪れる人々の目を楽しませてくれます。

 1985年、展覧会におけるこの岡田旭峰画集の収益は、アフリカ難民の救済にあてられました。画集は岡田画伯と森繁久彌氏の絵に込められた深い友情を越えて、人々の平和のための架け橋となったのです。

資料出典: 岡田旭峰画集 1985年出版
        著者 岡田旭峰
        制作 大日本印刷株式会社

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