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目黒通り散策―地下鉄白金台駅からJR目黒駅まで

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    今年の秋は何時まで続くのだろう。11月末になってようやく寒くなってきましたが昼間は暖かくまだまだ散歩の季節です。今日は青い空が広がっている穏やかな日です。さて、巣ごもりから羽ばたくか。まずは都内の散策です。地下鉄白金台駅からJ R目黒駅まで、たった1.3KM、歩数にして1800歩くらいしかありませんが、途中には立ち寄る見どころの施設が数か所あります。覗き見をしながら歩くことにしました。 港区立 郷土歴史館  白金台駅の2番出口を出て、東京大学医科学研究所の手前の道を行くと港区立郷土歴史館があります。この建物は昭和13年(1938年)建築学の内田祥三教授が設計した旧公衆衛生院で東京大学によく似たゴシック調の瀟洒な建物です。  この歴史的な建物を東京都港区が取得し複合施設として平成30年(2018年)に開館ました。1階から4階の展示室は港区の古代から現代に至る姿が展示されています。懐かしい都電7番の実物大のパネルもありました。昔、この都電を何回も乘った記憶が蘇ってきました。 国立科学博物館付属 自然教育園  都会にこんな自然があったのかと驚く所です。東京ドームの4倍もある園内には鬱蒼とした森、そこに佇む池のほとりには四季折々の草木が目を楽しませてくれます。  また、ここは4~500年前の白金長者と呼ばれた豪族の屋形があったところで、外敵を防ぐ土塁も残っています。 東京都 庭園美術館  ここは旧朝香宮邸でした。1906年(明治39年)に建てられたアール・デコ調の建物で歴史的建築物として国の需要文化財に指定されています。定期的に開かれている展覧会もさることながら、西洋の庭園、隣接する日本庭園や茶室も一見の価値があります。  白金台駅からJR目黒駅までたった1.3KMですがこれら文化財を回っていると約2時間、10000歩はゲットできました。

何十年ぶりだろうか 我が家に飛んできたタテハ蝶は・・・

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   毎年どこかに生えてくる初雪草、今年はバラの鉢に居候を決め込んでいます。大家サンのバラは迷惑そうですが赤いバラの花と白い初雪草がマッチしているので、このままにしておきましょう。おやっ? 蝶々が飛んできました。初雪草に蜜でもあるのでしょうか、さかんに吸っているようです。何十年ぶりでしょうか、この蝶が我が家に飛んできたのは・・・  小学生の頃、昆虫に興味があった私は夏にはかぶとむし、くわがた、蝉など標本を作り夏休みの宿題として提出していました。なかでも蝶は展翅板で一生懸命になって形をととのえたことを思いだしました。  年をとり、最近は園芸にのめり込んでいますので、すっかり昆虫のことなど忘れていましたが蝶を観察するのは久しぶりです。この蝶はアカタテハです。(学名: Vanessa indica)。前翅に鮮やかな橙色の帯模様があるタテハチョウで日本でよく見られます。タテハチョウの種類は他にルリタテハ、キタテハなどはありよく標本を作ったものです。  そうだ!昔の標本がまだあったはずだ。押し入れを探してみると、あった、あった、古びた標本箱の中にアカタテハ、ルリタテハ(学名 Kaniska canace :右標本箱の左下)の標本が残っていました。これは息子が小学生の頃,に採集したもので、展翅板で翅を整える事を教え作ったものと記憶しています。  私が小学生の頃ルリタテハを幼虫から育てた事を思い出しました。庭のおにゆりの葉に見慣れない濃い紫色の幼虫が十数匹もいるのを発見、どんな 蛾 ?になるのかなと飼育瓶で育てたところ、なんと、ルリ色の蝶が羽化しました。可哀そうに思いましたが、すぐに全部を標本にしました。学校に持っていくと理科の先生はこんな綺麗で完全な沢山の標本を見たのは初めてだと、びっくりしていました。そこで、これは教材として寄付しました。  年を経て、今は私の孫が蝉とりに夢中になっています。親父になった息子が種類など教えています。孫はアゲハチョウを獲った!と得意になっていましたが、翅はボロボロ、これでは標本にはなりません。逃がしてあげるように言いました。

パインアップルの葉挿しで栽培に挑戦!

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   コロナ禍のステイホームにあっても1週間に1度は食料品のまとめ買いは欠かせません。スーパーマーケットに出かけると店頭に並んでいるパインアップルが目に着きました。マスクを通して周囲に甘い匂いが立ち込めています。小振りですが手頃な値段なので買い求めました。台湾から輸入されたものです。  帰ってからインターネットで調べてみると、台湾のパインアップルの出荷は主に中国だったのですが中国政府が輸入を禁止したので仕向け先が日本となったようです。  小振りですが芯の部分も甘いとのことです。なるほど美味なり!まずは半分食べて、残りは後のお楽しみ。    さて、残ったパインの頭の葉の部分、久々に葉差しで栽培に挑戦してみることにしましょう。  十数年前に何かの園芸の本で紹介されていました。それによると食べられるような実は期待できなくとも花が咲き小さい果実まで成長するので観葉植物として面白いとの記事でした。 この時はフィリピン産のものを栽培しました。  試した所、葉は茂るもののいつまで経っても花は咲きませんでした。冬場に屋内に取り入れていましたが水をやりすぎて根腐れを起こし The End!  今回は前の失敗を教訓として育成してみますが、どうなる事やら・・・期待しています。  これは前回の15年前の作品です。

ペルシャ湾にもタコがいたよ!

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    私がかつて赴任していたサウジアラビアの東部地方のカフジでは休日ともなれば、多くの釣り人たちがアラビア湾(ペルシャ湾)で釣りを楽しんでいます。私もその中の一人。かれこれ18年に及ぶ滞在期間中に外道を含めて90種類以上の魚類を釣ってきました。しかし、タコの姿を見ることはありませんでした。  帰任も間近かな1997年、いつもの通り釣り糸を垂れていました。その日は潮が悪かったのか、まったく魚信がありません。何度もリ-ルを巻きあげましたが、餌もそのまま、おやっ?何か掛かったかな。だが、魚信は消えてしまいました。  捲き上げた仕掛けには得体のしれない軟体動物が絡みついています。  タコだ!12cmくらいの小さなタコです。ここではイカはたくさん獲りましたがタコが掛かってきたのは初めてです。 「こんなものが釣れたよ」私は仲間のアラブ人釣り師に聞きました。「これはアラブではなんという名前なのかい?」  周りの男たちも首をかしげています。  帰り際に魚屋に寄ってきいてみると 「オクトパス」 そりゃ英語だろ。彼もアラビア語ではなんというか知らないようです。  図書館で魚類図鑑を調べましたが、ペルシャ湾(アラビア湾)のタコについては何らの記述は見つかりませんでした。  後日、写真に撮ったそれを知り合いに聞いて回りますと「これは Akhtabot っていうんだよ」ようやくレバノン人が教えてくれました。  そういえば西アフリカのモロッコやモリータニアから日本にタコが沢山輸入されていますね。地中海料理にもタコが食材になっています。だから地中海に面した国のレバノンの彼は知っているのですね。  だが、ここのタコはヒョウモンダコみたいに毒があるんじゃないか? 12cmのチビダコ。食べるのは止めて釣り餌にしました。帰任するまでタコが獲れたのはこれが最初で最後でした。このタコ餌で何が釣れたのか・・・覚えていません。  アラビアのタコはこんなランプの中にいるのかなあ・・・呪文を唱えると出てくるよ。 そりゃ、フェイクニュースだろ!    

明治の鉄道路、高輪築堤を見てきました

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    JR高輪ゲートウェイ駅の周辺の開発で明治時代の「高輪築堤」が出土しました。日本で初めて鉄道が敷設された際、海上に作られた鉄道路の跡です。明治5年、新橋(汐留)―横浜間の鉄道の開通にあたり、土地買収の難しさから線路は当時の海岸線から50メートル沖合の築堤の上に敷設されました。その後、海岸の埋め立てによって現在のJRの線路網となり、この築堤は姿を消してしまいました。  梅雨の合間、天気も良いので散歩がてらここを訪れてみました。江戸の南玄関であった大木戸跡(田町と品川の間)から臨時の通路が出来ています。ここから、高輪築堤を見ることができます。  金網越しでしか見ることができませんが古き良き時代の貴重な鉄道遺産です。水が溜まっているのも海があったという証拠ですね。保存され、まじかに見学する事ができる日が楽しみです。  さらに芝浦方面に歩を進め突き当りを右折し階段を降りると旧通路の「高輪橋架道橋」の地下道が100メートルくらい残っています。   今では人しか通れませんが、以前は札ノ辻-品川間で唯一の芝浦方面に抜ける道路で一日2000台の車と2800人が行き来しているといわれていました。  天井が低いので、タクシーの屋根の表示灯がぶつかる事故が絶えませんでしたので「 タクシーの提灯殺し」 の異名を持つ場所でした。むき出しの傷んだコンクリート壁、暗いオレンジ色の光に照らされ、まるで異次元の世界に飛び込んだような所でした。(2018年11月撮影)  格好のパワースポットが取り壊されて残念な気がします。  地下道を抜けると、そこは見慣れた芝浦の風景でした。左手の道を進み、突き当り左の坂を上がるとそこは芝浦中央公園です。ひろびろとした空間を満喫しました。ここを抜けてJR品川駅に向かいました。 交通アクセス JR 高輪ゲートウェイ駅:  徒歩5分 地下鉄 泉岳寺駅   :  徒歩3分

アラビアで釣ったフグは食いたし命は惜しし

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   外食もままならないコロナ禍のある朝、新聞を広げるとフグ料理の全面広告が目に飛び込んできました。見事なフグのお造りのネット販売、わ~あ美味そうだ・・・。が、値段を見るととても手が届きそうにもありません。海鮮料理が好きな私はサウジアラビアの東海岸で勤務していたころ、新鮮な魚を得るためによく釣りをしたものです。日本と同じく外道としてよくフグが掛かってきます。  ここに住む独身寮の男達の中でも屈指の食道楽でなるA氏の部屋には3日に一度は皆が集まって、マージャンパイの音で明け暮れています。その楽しみもさることながら皆はA氏の作る夜食の手料理がお目当てです。そのため、A氏は食材集めに奔走することになってしまいました。 学名   :Lagocaphalus  英語   :Grove Fish アラビア語:Anazah スワヒリ語:Bunju 体長   :25cm (違う種類ですが50cmの巨大フグもいます。次はそのフグのお話です)  ある日、A氏は巨大なフグを仕留めました。「食うべきか否か・・・?されど命は惜しし・・・」その時の彼の苦悩はハムレットの比ではなかったと言っていました。  でも食べたい。彼は日本人食堂のコックさんに頼む事としました。 「まーそこに置いときなはれ」気安くコックさんは引き受けてくれました。  その晩、雀莊とサロンを兼ねたA氏の部屋は大盛況でした。ドアがノックされジャン仲間のコックさんが手にしているのは大皿にいっぱい菊花盛された見事なフグ刺し紅葉おろしに散らしネギ・・・  その夜のメンバー全員は眼を見張りました。コックさんは「フグなんて簡単や。仕事を片付けてくるよって、先にやっていてくなはれ」そう言ってそそくさと帰って行きました。  フグという言葉を聞いた途端、皆はフグ毒のテトロドドキシンの話題に集中しました。  コックさんフグの免許持っているのかなあ・・・「簡単や」といったのは免許を持っている証拠だと思うよ・・・フグの毒は1時間経ったら舌が痺れて手足が動かなくなるそうだ・・・フグに当たったら土の中に身体を埋けて冷やすと良いと聞いてはいるが、ここの砂漠の砂は暖まっているからなア、全然効果ないだろうなア・・・。誰も箸をとろうとはしません。  侃々諤々の議論の中、ドアが開いて新たなジャン仲間のB氏が入ってきました。  B氏の視線は大皿のフグ刺しに注...

釣り具を大切にするアラブの釣り人

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 ステイホームに飽きてアウトドアブームになっている昨今、釣りもそのうちの一つです。釣りを愛好する一人としてその気持ちはわかりますが、蔓延しているコロナ禍で緊急事態宣言が出されている今、当分自粛した方が良いのではないでしょうか。一部の釣り人のマナーの悪さは今も昔もかわりませんね。礒や防波堤に行くと使い残し釣り餌や使用済みの釣り具があちこちに捨てられているようです。4月に長崎県の「防波堤のネコの口元に釣り針」なぜ何度もこんなことが起きている。という記事が目につきました。匂いのついた大型の釣り針をあやまって食べたらしいのです。幸いにして、このネコは地元の動物愛護団体によって救助されました。  30年ほど前の事ですが、私が釣りに行った時に捨てられた小魚や餌の腐った匂いがプ~ンと鼻に着きました。景勝地に来たというのに興ざめですね。使い捨ての釣り具もあちこちに捨てられています。また 「釣り禁止」「立ち入り禁止」 という看板があっても平気で釣りをしている人があとを絶ちませんでした。今でもこんなマナーの悪さが横行しているのは残念です。  私が長年仕事で暮らしていたサウジアラビアの東海岸では釣りが盛んで、私はそこの釣りクラブの会長をつとめていました。アラブの釣り人たちは釣り具をことのほか大切にします。当地で好評の日本製の釣り具はなかなか手に入りません。アラビアの海の大魚とファイトするから竿が折れるのはもとよりリールもガタガタになってしまいます。従って手入れは欠かせません。だから折れた竿はもとより使用した仕掛けも大切に保存して魚に持っていかれるまで使います。 彼らの道具箱には数少ない新品に交じって丹念に作り直された仕掛けが詰め込まれています。彼らが立ち去った釣り場にはなにも残されていません。余った餌も海の魚にプレゼントして次の釣りのチャンスを狙います。 モノ余りの日本ですが釣りを楽しむ人は使用済みの仕掛けや折れた竿も家に持ち帰って、分別ゴミとしてだしてください。美しい海の景観なのですから。