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小さい時唄った西郷どんの数え歌

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   今年のNHK大河ドラマは西郷どんです。セリフはもちろん鹿児島弁です。私の小さい時には鹿児島弁は身近でした。祖母の家に行くと鹿児島出身のねえや(お手伝いさん)が何人もいてお国訛りでしゃべっていました。東京モンの私には理解しにくい言葉もありましたが、郷土の西郷隆盛の数え歌を教えてもらい一緒に唄ったものです。  おやつの時間(午後3時)になるとねえやたちは休憩時間です。お茶やお菓子を皆で食べながら郷土の英雄、西郷どんの話をきかせてくれました。こんな歌があるよ、と一人が手拍子を取りながら歌い始めました。 ♪ 一かけ 二かけて 三かけて 四かけて 五かけて 橋をかけ 橋の欄干腰をかけ 遥か むこうを眺むれば   十七 八のねえさんが 片手に花持ち線香持ち ねえさん ねえさん どこ行くの 私は九州鹿児島の 西郷隆盛 娘です 明治十年戦いに 切腹なされた父上の お墓詣りに参ります お墓の前で手を合わせ 南無阿弥陀仏を となえれば 西郷隆盛 幽霊が ふわりふわりと 舞い出でて・・・・・ 一かけ 二かけて 三かけて・・・・・  繰り返し、とどまることがありません。終わりたい時には、ふわりふわりと  舞い出でし・・・ 。となります。  のりの良い曲なので、7.8歳の腕白盛りであった私はすぐ覚えてしまって、友達の前でも披露した記憶があります。 また、就職してからも会社の宴会で皆の手拍子の中、踊りながらやってしまいました。  日曜日のドラマ「西郷どん」を視た後、ふと、思い出した懐かしい数え歌を口ずさみました。  これを歌ってくれたねえや達がご存命ならば、もう米寿を越していると思います。地元鹿児島では今でもこの西郷どんの数え歌が酒席などでも歌われているのでしょうか。さて、今晩はおいどんも芋チュウで飲ン方始め~え!   暇人のつぶやき:  調べてみると、わらべ歌のようですね。最後の歌詞は私が教わったのと一寸違っていて、次の様でした。   ♪  お墓の前で 手を合わせ  南無阿弥陀仏と 拝みます  お墓の前には 魂がふうわりふわりと   ジャンケンポン       で終わります。繰り返しではなさそうです。

サウジアラビアの地底湖を往く

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   1979年だったか、サウジアラビアの赴任中、連休を利用してリアド近郊の地底湖を家族とともに訪れる機会を得た。最近、サウジアラビアは観光ビサが発給されるようになったと聞いているが、当時は就労の為にしか入国できなかったから、恐らくここを訪れた日本人は当時でも数えるほどだったろう。それからまもなくこの洞窟は落盤のため閉鎖されたと聞くが、復旧されていれば今後のサウジの観光に一助となるのではないか。  サウジアラビアの首都リアド、その位置はアラビア半島の中央部にある。リアドとは「緑の土地」を意味し豊富な地下水を有している。リアド郊外の山々、ここは海抜900メートルのトアイク山脈が連なっている。その一角の切り立った崖に洞窟があり、その奥には地下水をたたえたいわゆる「地底湖」がある。  「リアド郊外の山のふもとに地底湖がありますよ」リアド事務所に勤務した経験を持つA氏の一言で、今度の連休に案内してもらうこととなった。 私の家族4人ともう一家族、それに日本人小学校の先生を含めたパーティ11名はアラビアに面したカフジから車で800km離れたリアドに向かった。   A氏の車の先導でアラビアの岩石地帯に車を走らせた。道なき道を小1時間、山のふもとに大きな裂け目があるのが見えた。ここが、目指す地底湖の入口である。入口は思ったより大きなところだ。    そばには、何台も車がとまっているところを見ると結構名の知れた観光地かもしれないが、日本のそれと違って土産物店など一軒もなく殺風景なところだ。  なだらかな斜面を子供の手を引きながら降る。    およそ100メートルも下ったろうか、薄暗い視野の中に水面が見えた。入口からの光はここまで入ってくるので、用意した懐中電灯は必要なかった。  湖面は幅50メートル 左右の崖に100メートルくらい伸びている。周囲のそそりたった岩盤には観光地の例にもれずこれでもかと落書きで彩られている。見ると大勢の子供が泳いでいる。「海パンを持ってくるんだったなー」 後ろで日本語が聞こえた。  上流では老人がポリタンクに水を汲んでいる。わたしも岸辺で水をかき回した。驚くほど冷たい。誰かが言う、  「ほら、水が動いていますよ」   かき回した土砂はゆっくりと下流に流れてゆく。その先は崖だ。水はまた伏流水となって地下を通りどこかのオアシスにたどり着くのだろうか。  妻の声